12 / 39

第12話

 ハローワークはこのご時世なのか、とても混んでいた。透は初めて利用するので、職員にあれこれ尋ねつつ、登録の書類を記入し、検索用のパソコンの順番待ちをする。  しかし、やっとのことでパソコンが使えたと思ったら、やはりなかなか条件が合わず、途方に暮れてしまった。職員さんに、検索には載らない仕事もあると聞いていたので、相談窓口の順番待ちを更にして、やっとのことで話を聞くことができる。 「うーん、住み込みでねぇ……。検索範囲を全国にしたらあるかも」  職員の男性は白髪混じりの頭をペンで掻きながら、そう言った。透はなりふり構っていられないと思いながらも、この土地を離れることには少し抵抗を感じ、プリントアウトした事務系の仕事に応募してみることにする。 「事務の経験は?」 「……ないです。けど、勉強します」 「アルバイトは……全部サービス系かぁ。そっちは応募しないの?」  透は息を詰めた。正直に全て絡まれてクビになっています、なんて言えず、新しいことに挑戦したくて、と前向きな言葉で濁す。 「サービス系なら沢山あるんだけどねぇ。未経験だし、電話してみるけど期待しないでね?」  そう言って、男性職員は電話を掛けてくれた。しかし彼の会話を聞いていると、どうやらもう採用枠が埋まってしまったようだ。電話を切るなりそう説明され、透は他の仕事も探してみます、とハローワークを後にした。 (人に会わない稼げる仕事ってないのかな……)  外に出れば人懐こい雰囲気を敢えて出す透だけれど、本当は伸也だけに笑顔を向けたい。けれど伸也に「他の人とも仲良くね」と言われてから、愛想を振りまくようになったのだ。それが、いらぬ人たちを寄せ付ける原因にもなってしまったのだが。  その後、守の家の近くの公園で時間を潰し、彼の帰宅の連絡を受けてからそこへ向かった。 「透っ、お前、心配したんだぞ……っ」  玄関のドアを開けるなりそう言う守は、透の顔を見てサッと顔を強ばらせる。 「透……顔色悪いけど大丈夫か?」 「え?」  透は驚いた。表情はいい顔を見せていたはずだ。それに、自分でも顔色が悪い自覚がない。  透は笑ってみせる。 「そうかなぁ? 暑かったから、疲れたのかも」  そう言うと、守は一つため息をついて、とりあえず上がれ、と中へ促した。透は元気よくお邪魔しまーす、と上がっていく。  守の部屋は1Kだ。部屋にあるのはサッカーに関連するグッズや雑誌、サッカーボール、そして青年向け漫画雑誌。漫画雑誌にはグラビアが載っていて、透は思わず誰だろう? と見たくなる。 「なぁ、これグラビア目的?」 「んな訳あるか。それに載ってるヤンキー漫画が好きなんだよ」 「……とか言って本当は?」 「……透」  しつこくからかう透に、守はため息をついて低い声で呼んだ。呆れと嫌悪が混ざる彼の表情に、透は思わずわざとらしく両手で口を塞ぎ、ごめんなさーい、と謝る。  すると守はまた大きくため息をついて、とりあえず何か飲むか? と冷蔵庫を開ける。すると中には透が好きな炭酸ジュースが入っていて、これがいい、と喜んだ。 「守もこれ飲むの? 何か意外だけど」 「そうか? たまに飲みたくなるから」  ふーん、と透はそのジュースを受け取る。守はミネラルウォーターを取り出すと、透がペットボトルを開けるのをじっと見ている。 「……なに?」 「……いや」  守の言動に変なのー、と言いながら、透は床に座った。ペットボトルは開けずにローテーブルに置くと、守は飲まないのか? と聞いてくる。 「あー……来る前に同じの飲んで来ちゃったんだよね」  そう言って透は苦笑すると、それなら早く言え、と守は透のペットボトルを冷蔵庫にしまおうとした。 「待ってっ、飲む! 飲むから!」 「ぬるくなると不味いだろ」 「ぬるくなったのがいいの! ここに置いておくから!」  透はペットボトルを掴んでそう訴えると、守は手を離した。そして、強い視線で透を見る。 「……いつから、……どれからが嘘だ、透?」 「……」  透はサッと視線を逸らした。嘘をつくのが下手だと自覚しているけれど、守は今まで何も言わずにいたので、隠せていると思っていた。甘かった。  しかし、ここで他人にもらったジュースが怖くて、なんて言おうものなら、守は全部話すまで許してくれないだろう。  守は一つ短く息を吐く。 「……じゃあ、質問するから答えてくれ。学校来なくなった二ヶ月間、何をしてた?」  有無を言わせない守の強い口調。透はボソボソと呟く。 「……バイト」 「バイト? 学校辞めてまでやってたことが、バイトか?」  透はバッと守を見た。彼の表情は険しい。退学したことまで知っているなら、そんな質問の仕方をするなよ、と透はボヤく。 「お前が言わないからだろ。……で、何でそんなことになってんだ?」 「……お金が必要になったから」 「何で?」  透は続く守の質問に、逃げたくなった。このままでは伸也のことまで話さなくてはいけなくなる。それは避けたい。 「借金?」  透は無言で首を振った。 「家を追い出された?」 「……もう良いだろ守……」  透は膝を抱えて顔を伏せる。しかし、守は話してくれるって言っただろ、と許してくれない。 「どうして? 俺は金銭面以外ならお前を助けたいって言ったよな?」  透は顔を伏せたまま動かなかった。そんな透に、守はもう一度強い口調で透を呼ぶ。 「……じゃあ、借金で五百万必要だから、お前に迷惑掛けられない。今日一日だけで良いから泊まらせてくれ」  透はそう呟くと、守はため息をついた。 「じゃあって何だよ……。もういい、顔上げろ」  詰め寄るような聞き方して悪かった、と守に謝られて、透はそろそろと顔を上げる。守を見ると、彼は傷付いたような表情をしていた。 「俺じゃ頼りにならないか?」 「そん……なことないよ……」  本当にそんなことはない。透はそう思った。伸也程ではないけれど、友達としては今までの誰よりも、透のことを想ってくれている。  そんな彼に嘘ばかりついている自分が、汚くて不平等に思えてきた。 「……」  いっそ全部話したら、少しは楽になれるのだろうか? 家族のことも、伸也のことも。  透は深呼吸をすると、再び顔を伏せ、ボソボソと話し出した。

ともだちにシェアしよう!