13 / 39

第13話

「オレ、両親と仲悪くてさ。家の中に居場所がなくて、逃げてた先がしんちゃんちだったんだ」  ボソボソと話す透。それでも守は聞こえたらしく、だからか、と何かに納得していたようだった。 「ただの幼なじみにしては、仲良すぎだとは思ってた」 「……しんちゃんはオレが甘えたなの、知ってるからね。それで、ゴールデンウィーク辺りから、一人暮らしのしんちゃんちに転がり込んでたんだけど……」  透がそう言うと、守はやっぱり、と何度目かのため息をつく。 「そうできない事情ができたのか」 「うん……」  やはり守にはバレていたらしい。甘えたの透なのに、一人で何とかしようとするのは、幼なじみが絡んでいるからだ、と予想していたようだ。  それでこれからどうする? と聞かれ、透は顔を上げた。 「今日就職先探してたけど、住み込みはこの辺りにないから、ちょっと躊躇っちゃって……」  そうか、とため息をついた守は少し考えて、就職先が見つかって、収入が安定するまでウチにいるか? と言ってくる。 「……え?」  それはとてもありがたい申し出だ。けれど、そこまで頼るのは申し訳ない。そう思っていると、守に本当に幼なじみ以外には遠慮するんだな、と苦笑された。 「幼なじみ以外には触られるのも嫌なのに、あの人には自分からベタベタ触りに行くし?」 「だってそれは……っ、小さい頃からの癖というか、ずっとそうしてきたんだし……」 「そうだな。けど、この歳になるまであんなにベタベタしない」 「……」  それは確かに言われてみればそうだ。自分と伸也の普通が、世間一般とかけ離れているのは知っている。けれど、なぜ守にそんなことを言われなくてはいけないのか。自分のことを、分かったように言っていいのは、伸也しかいない。 「守に……あんたに何が分かるんだよっ」  一番辛い時に、支えてくれたのは伸也だったのだ。もう彼しか必要ない、と思うところまで依存し、伸也もそれを受け入れてきた。──最近までは。 「頼れるお兄ちゃんに頼れなくなったんだ、そりゃ落ち込むだろっ?」 「お前の気持ちはそれだけじゃないだろ」  冷静な守の声に、透はカッと頭に血が上るのを感じる。自分でさえ気付きたくなかった気持ちを、他人に言われて思わずムカついた。 「うるさいうるさいうるさいっ! 何だよ!」  人の気持ちを分かったようなことを言って──と続けようとした透の口から、唐突に嗚咽が漏れた。そして視界が一気に滲み、ボロボロと涙が落ちていく。  透は再び顔を伏せた。膝に目を擦り付けて涙を拭いていると、静かな守の声がする。 「──俺なら、透をそんな風に泣かせたりしない」  ひくり、と透の肩が震えた。 「中途半端に世話焼いて、突然突き放すことなんてしない。俺には分かる……ずっとお前を見てきたから」  優しいけれど、決意のこもった声。透は、守のその言葉の意味を、理解したくなかった。  守には、片想いの子がいると聞いていたから。  今の彼の言葉で、その片想いの子が誰なのか、気付いてしまった。嘘であって欲しかった。透は、伸也しか受け入れたくないのに。 「透……」  すぐ隣に守が来て、透は思わず顔を上げる。守の視線とぶつかりそうになり、慌てて顔を逸らした。 「──あ、オレ、夜もバイトあるんだったっ」  透はこの場から逃げようと、荷物をまとめて立ち上がろうとする。けれど、その腕を守に掴まれてしまった。 「透、俺はお前の味方になりたい。あいつと同じくらいとまでは言わない。もう少し俺を頼ってくれないか?」  透の心臓が跳ねる。けれどこれは心地のいいものではなく、本能が警戒しろと、身体を臨戦態勢にするものだ。 「はな、せよ……」  震える声で言うけれど、守は透の言葉とは反対に、掴む手に力を込めた。 「どうして逃げる? お前も、あの幼なじみが好きなんだろ?」 「違う!」  透は叫ぶ。あんな、好意か性欲か区別がつかない気持ち悪い感情を、伸也に対して持って良いはずがない。あの時伸也で抜いたのは、強制的に興奮させられたからだ。 「オレは、違う……っ! あんな気持ち悪いの……っ」 「……気持ち悪いだって?」  守の声が、今まで聞いたよりも低くなった。透は涙目で守を睨む。いつだって、透は性的被虐対象だった。透の妄想内の伸也以外は。 「だってそうだろ!? お前だって、オレのこといつか押し倒してやろうって、思ってるってことだよな!?」  言ってから、失敗したと透は思った。守は目を見開いて驚き、それから苦しそうに顔を歪め──その後はこれ以上ない程怒った表情になる。そんな彼の表情を見たのは初めてで、一気に恐怖が押し寄せてくる。 「透……お前……っ」  守がそう言ったかと思えば、次の瞬間には視界がひっくり返っていた。首の付け根に強烈な痛みが走り、悲鳴を上げる。守が少し離れて、噛み付かれたのだと気付いた。 「……だ! 嫌だ!」  透は可能な限り暴れ、守の身体を蹴る。けれど体格差では圧倒的に不利な透は、上手く逃げることができない。 「こんなこと、お前以外にするかよ!」  両手を頭の上で片手で押さえられ、守の手がシャツの中に入ってきた。湿った肌を這い上がってくる感触に、思い切り息を詰めて耐える。 「止めろ! ──ッ、助けて! しんちゃん!」  透の叫び声に、守の動きが止まった。透はその隙に守のお腹に蹴りを入れ、彼の下から脱出すると、荷物を持って外に飛び出す。  あてもなくがむしゃらに走った。最悪だ、どうしてオレばっかりこんな目に遭うんだ、と乱暴に涙を拭いながら、ザワザワする肌を走ることで紛らわす。  胸の(うち)の黒いものが暴れ出しそうだった。 (結局、守もオレのこと、そういう目でしか見てなかったんだ……!)  そう思うと、また泣けてくる。  もう、本当に頼れるところはない。  透は疲れるまで走り続けた。

ともだちにシェアしよう!