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第13話
「オレ、両親と仲悪くてさ。家の中に居場所がなくて、逃げてた先がしんちゃんちだったんだ」
ボソボソと話す透。それでも守は聞こえたらしく、だからか、と何かに納得していたようだった。
「ただの幼なじみにしては、仲良すぎだとは思ってた」
「……しんちゃんはオレが甘えたなの、知ってるからね。それで、ゴールデンウィーク辺りから、一人暮らしのしんちゃんちに転がり込んでたんだけど……」
透がそう言うと、守はやっぱり、と何度目かのため息をつく。
「そうできない事情ができたのか」
「うん……」
やはり守にはバレていたらしい。甘えたの透なのに、一人で何とかしようとするのは、幼なじみが絡んでいるからだ、と予想していたようだ。
それでこれからどうする? と聞かれ、透は顔を上げた。
「今日就職先探してたけど、住み込みはこの辺りにないから、ちょっと躊躇っちゃって……」
そうか、とため息をついた守は少し考えて、就職先が見つかって、収入が安定するまでウチにいるか? と言ってくる。
「……え?」
それはとてもありがたい申し出だ。けれど、そこまで頼るのは申し訳ない。そう思っていると、守に本当に幼なじみ以外には遠慮するんだな、と苦笑された。
「幼なじみ以外には触られるのも嫌なのに、あの人には自分からベタベタ触りに行くし?」
「だってそれは……っ、小さい頃からの癖というか、ずっとそうしてきたんだし……」
「そうだな。けど、この歳になるまであんなにベタベタしない」
「……」
それは確かに言われてみればそうだ。自分と伸也の普通が、世間一般とかけ離れているのは知っている。けれど、なぜ守にそんなことを言われなくてはいけないのか。自分のことを、分かったように言っていいのは、伸也しかいない。
「守に……あんたに何が分かるんだよっ」
一番辛い時に、支えてくれたのは伸也だったのだ。もう彼しか必要ない、と思うところまで依存し、伸也もそれを受け入れてきた。──最近までは。
「頼れるお兄ちゃんに頼れなくなったんだ、そりゃ落ち込むだろっ?」
「お前の気持ちはそれだけじゃないだろ」
冷静な守の声に、透はカッと頭に血が上るのを感じる。自分でさえ気付きたくなかった気持ちを、他人に言われて思わずムカついた。
「うるさいうるさいうるさいっ! 何だよ!」
人の気持ちを分かったようなことを言って──と続けようとした透の口から、唐突に嗚咽が漏れた。そして視界が一気に滲み、ボロボロと涙が落ちていく。
透は再び顔を伏せた。膝に目を擦り付けて涙を拭いていると、静かな守の声がする。
「──俺なら、透をそんな風に泣かせたりしない」
ひくり、と透の肩が震えた。
「中途半端に世話焼いて、突然突き放すことなんてしない。俺には分かる……ずっとお前を見てきたから」
優しいけれど、決意のこもった声。透は、守のその言葉の意味を、理解したくなかった。
守には、片想いの子がいると聞いていたから。
今の彼の言葉で、その片想いの子が誰なのか、気付いてしまった。嘘であって欲しかった。透は、伸也しか受け入れたくないのに。
「透……」
すぐ隣に守が来て、透は思わず顔を上げる。守の視線とぶつかりそうになり、慌てて顔を逸らした。
「──あ、オレ、夜もバイトあるんだったっ」
透はこの場から逃げようと、荷物をまとめて立ち上がろうとする。けれど、その腕を守に掴まれてしまった。
「透、俺はお前の味方になりたい。あいつと同じくらいとまでは言わない。もう少し俺を頼ってくれないか?」
透の心臓が跳ねる。けれどこれは心地のいいものではなく、本能が警戒しろと、身体を臨戦態勢にするものだ。
「はな、せよ……」
震える声で言うけれど、守は透の言葉とは反対に、掴む手に力を込めた。
「どうして逃げる? お前も、あの幼なじみが好きなんだろ?」
「違う!」
透は叫ぶ。あんな、好意か性欲か区別がつかない気持ち悪い感情を、伸也に対して持って良いはずがない。あの時伸也で抜いたのは、強制的に興奮させられたからだ。
「オレは、違う……っ! あんな気持ち悪いの……っ」
「……気持ち悪いだって?」
守の声が、今まで聞いたよりも低くなった。透は涙目で守を睨む。いつだって、透は性的被虐対象だった。透の妄想内の伸也以外は。
「だってそうだろ!? お前だって、オレのこといつか押し倒してやろうって、思ってるってことだよな!?」
言ってから、失敗したと透は思った。守は目を見開いて驚き、それから苦しそうに顔を歪め──その後はこれ以上ない程怒った表情になる。そんな彼の表情を見たのは初めてで、一気に恐怖が押し寄せてくる。
「透……お前……っ」
守がそう言ったかと思えば、次の瞬間には視界がひっくり返っていた。首の付け根に強烈な痛みが走り、悲鳴を上げる。守が少し離れて、噛み付かれたのだと気付いた。
「……だ! 嫌だ!」
透は可能な限り暴れ、守の身体を蹴る。けれど体格差では圧倒的に不利な透は、上手く逃げることができない。
「こんなこと、お前以外にするかよ!」
両手を頭の上で片手で押さえられ、守の手がシャツの中に入ってきた。湿った肌を這い上がってくる感触に、思い切り息を詰めて耐える。
「止めろ! ──ッ、助けて! しんちゃん!」
透の叫び声に、守の動きが止まった。透はその隙に守のお腹に蹴りを入れ、彼の下から脱出すると、荷物を持って外に飛び出す。
あてもなくがむしゃらに走った。最悪だ、どうしてオレばっかりこんな目に遭うんだ、と乱暴に涙を拭いながら、ザワザワする肌を走ることで紛らわす。
胸の裡 の黒いものが暴れ出しそうだった。
(結局、守もオレのこと、そういう目でしか見てなかったんだ……!)
そう思うと、また泣けてくる。
もう、本当に頼れるところはない。
透は疲れるまで走り続けた。
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