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第14話

 ──三年後。  熱帯夜が続く夏。湿った空気を鬱陶しいと思いながら、透は長めの黒髪を揺らし、地下への階段を降りていた。その先には【アジタート】という店があり、透は迷わずそこに入っていく。 「おお、透」  中に入るとそこは冷房が効いていて涼しく、ホッとした。店の中は大音量の音楽が流れ、客は踊ったり酒を飲んだりしている。その全員が男性で、中には二人でセックスを思わせるような動きで、踊っている客もいた。 「アイツら、バカ?」  透が腰を押し付け合い、リズムに合わせて振っている二人を指すと、声を掛けてきた友達、リンはケラケラと笑った。 「意気投合したみたいだな。そろそろ外出てヤるんじゃないか?」  ホテルまで持てばいいな、とリンの品のない言い方に、透は興味なさげにあっそ、とドリンクを頼む。リンには酒飲まないのかよ、と突っ込まれたけれど、透は意味ありげにニヤリと笑うのだ。 「これから待ち合わせ。酒飲んだら勃たなくなるからもったいない」  透の言葉にリンは素っ頓狂な声を上げ、羨ましそうに透を見つめる。 「おっまえホントモテるよなぁ! 後で紹介しろよ」 「やだ。しばらく遊んでくれるつもりらしいし」  お前もこんな所で飲んでないで、テクでも磨いたら? とドリンクを一気飲みすると、リンはうっせーよ、と透の肩を叩いた。  すると、透の視界に目を引く男性が入ってくる。短めに切った黒髪は誰かを連想させるけれど、眼鏡を掛けているので別人だ。スマートで綺麗な顔立ちをしているけれど、その視線はどこも見ておらず、一人でつまらなさそうに酒を煽っている。 「リン、あの人知ってる?」 「いんや、初めて見るな。ここに来るのも初めてかもよ?」 「ふーん……。ちょっと声掛けてくる」 「え? これから待ち合わせじゃないのかよ?」  そんなリンの制止も聞かず、透はその人の元へ行った。 「おにーさん」  下から覗き込むようにして、透は声を掛ける。視線だけ動かした彼は、透を見てニヤリと口角を上げた。先程の虚ろな視線は幻か、と思う程の変化に、透は一瞬で彼に惹き込まれる。  自分と同じものを感じてしまったのだ。  胸の(うち)に渦巻くドロドロした感情を、発散させたいのだと。 「一人? 待ち合わせとかしてんの?」 「いや。ヤる相手を探しに来た」  ストレートな物言いに、透はますます彼のことを気に入る。 「そう。オレは? 好みじゃない?」 「いんや。どストライク」  言葉遊びと駆け引き。透はこの三年間で、そんなことばかり覚えてしまった。  透はオレもおにーさんタイプだよ、と笑う。 「でもなぁ。これから待ち合わせしてるんだよ」  相手の答えを期待してそう言うと、彼もまた笑って、透の思い通りの言葉をくれる。 「あ? そんなの蹴って俺と遊べよ」  いくらだ? と聞かれ、透は手をパーにした。相場を見ても、高い金額だ。 「今から遊ぶ人は、いつも八くれるけどね」  歯を見せてにかっと笑うと、彼はなるほどな、と言って透の腕を引いた。唐突のことでそのまま引き寄せられた透は、彼の顔が迫ってきて唇が合わさっても動けずにいる。 「……っ」  彼が透の唇を舐めた。ひくっと肩が震えて思わず開いた唇から、彼の舌が入ってくる。歯列をなぞり、舌を絡められて、上顎をその舌で優しく撫でられた。 「──は……っ、ん……」  男は、なぜ透の弱い所を知っているのだろう、という程、透の感じる場所を攻めてくる。足の力が抜けそうになり、彼の胸の辺りでシャツをきゅっと握ると、キスから解放された。 「八出すから俺と遊べ、な?」 「うん……」  とろんとした目で透は頷く。もうちょっとふっかけたかったのに、強引なキスで負かされて少し悔しい。けれど、そこで敢えてこの男の望む言葉を言ってあげるのだ。 「おにーさん、キス上手いね」 「ん? じゃあ、も一回するか?」 「んん、我慢できなくなっちゃうから。それ飲んだら行こう?」  どこへ、とは言わない。透は男に縋るように擦り寄ると、彼は残りの酒を煽った。 「え、お前ホントにそいつと行くのか?」  店を出る間際、リンが信じられん、と声を掛けてくる。透はだってこの人、キス超上手いよ、と笑った。  店の外に出ると、再び熱気と湿気がまとわりついてくる。暑いね、と胸元のシャツをパタパタと扇ぐと、長袖着てるからだろ、と男はこちらを見もせず歩き出した。 「そういえばおにーさん、名前は?」  あ、もちろん本名じゃなくて良いよ、と透は言う。 「オレは透ね。二十二……あ、昨日で二十三歳」  人懐こい笑顔を見せると、彼は意外そうにこちらを向いた。 「その顔で二十三とか……詐欺だな」 「どーせ童顔って言いたいんでしょー? ……で? おにーさんの名前は?」  眩しいほどの店の照明が、辺りを照らす。透は彼を見れば見るほどイケメンだなと思い、出会えたことに感謝した。 「お前が嘘をついてなきゃ、俺はお前と同い年だな。名前はリョウスケ」 「リョウスケかぁ。リョウスケは何であの店に来たの?」  ホテルまでの道を、雑談しながら歩いていく。ホテル街に近付くにつれて、照明がギラギラしていくのには、何度行っても慣れない。 「何となく。ヤりに来ただけだからな」 「そうなんだ。リョウスケはゲイ?」 「ああ。今更だけど、お前はネコであってるよな?」 「うん、大丈夫~」  これは楽しみだ、と透は内心ウキウキしながらリョウスケを見上げた。あんなすごいキスをまたするのかと思ったら、下半身が疼く。 「ホテルは適当でいいか?」 「あ、それなら安くていい所、オレ知ってるよ」  そう言って、透はリョウスケの手を引いて、案内した。

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