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第34話
二人が甘い蜜月を過ごして二年、透が二十六歳になる歳の春。再会の日は突然訪れた。
その日も透はいつものように出勤し、いつものように仕事を始める。すると、取引先の農家からメールが来ていて、その内容に目を通した。
「あー……まじか……」
ネガティブな内容に独り言を呟くと、さっそく店長の小木曽 か、肇 に報告しようと厨房に向かった。けれど仕込みの時間にも関わらず誰もおらず、透は店内に足を踏み入れる。
「肇さん、今日のキャベツが予定よりだいぶ少ないっ……て──」
透の声に振り返った影は三人いた。まだ開店時間でもないのに肇は他の二人と談笑していて、仲がいいことは明白だ。
そこにはひときわ目を引く美人がいて、肇を初めて見た時も中性的で綺麗だと思ったけど、更に美人だ、とそのひとを見て思う。隣にいた黒縁メガネのひとはとりあえず無視して、つかつかと歩み寄った。
「どうした、透?」
「あ、農家さんからキャベツが少なくなるって……」
「あー、今年は全体的に不作だしな」
ちょっと連絡する、と肇がその場から去ると、透も奥へ引っこもうとした。すると残った二人のうちの一人から、声を掛けられる。黒縁メガネの男だ。
「トイレはどこですか?」
「あ、こちらです……」
透は動揺を悟られぬよう、お手洗いを案内する。しかし店内からこちらの様子が見えなくなった辺りで、久しぶりだな、とまた声を掛けられた。
「……」
透は振り返って彼を見上げる。短めに切った黒髪、黒縁メガネの男は、相変わらず意思の強い瞳をしていた。
「なに? リョウスケさん」
するとリョウスケはクスクスと笑う。前はさん付けなんてする奴じゃなかっただろ、と言われ、透は要件は何、と語気を強くした。
「いや、すごい偶然。……元気そうだな」
「それを言うならそっちも。……あれ彼氏だろ? 随分な美人捕まえたな」
嫌味で透はそう言うと、リョウスケは満更でもなさそうに笑う。
「そうそう。綺麗だろ? ってことで、アイツが気にするから、過去のことは黙っててくんねーかなって」
「久々に会ったのに言うことはそれ?」
「そ。……もうアイツを、泣かせたくないからな」
そう言って、リョウスケは優しく目を細めて笑った。以前には見られなかった表情に、彼も変わったんだな、と悟る。
「いいよ。オレも彼氏いるし、お互い様ね。あ、性病検査だけはしっかりやれよ? って、今更か」
「ああ分かってる。要件はそれだけ……サンキュ」
そう言ってリョウスケは踵を返した。その背中を見送っていると、オイ、と硬い声で別の場所から声を掛けられる。
「……今のはどういうことだ、透」
「は、肇さん……っ、いやその、若気の至りで昔ちょっと……」
振り返ると、眉間に皺を寄せた肇が立っていた。若気の至りだぁ? と更に詰め寄ってくる肇に、透はどうにか逃げられないかと視線を巡らせる。
「……」
冷や汗をかきながら透は黙っていると、いくら詰め寄っても透が吐かないと見たのか、肇は嘆息して透の頭をポン、と撫でた。
いつか話してくれよ、と言って店内へと戻って行く肇に、透は小さく返事をするしかない。
(言えない……しんちゃんとの仲がこじれた時に、一晩遊んだ仲だなんて、言えないっ!)
言ったら肇は烈火のごとく怒るだろう。それは透が公序良俗に反したことではなく、自分を粗末にした、大事にしなかったから、という理由で怒ると言うのが目に見えているからだ。
(……でも)
透は店内の方を見る。
(そっか。リョウスケも、心の穴を埋められる人ができたんだな)
心がふわっと温かくなった。自然と笑みが零れ、良かったな、と呟く。──世間が意外と狭かったことには驚いたけれど。
事務所に戻ると、店長が農家さんと電話をしていた。肇に伝えた件は、どうやら店長が対応してくれるらしい。
透はまたいつものように仕事に戻り、タスクをこなしていく。最近は仕事……というか、この店のスタッフと絡むのが楽しくて、ついつい張り切って残業までしてしまうので、肇にも厳しく監視されているのだ。
仕事が楽しいおかげか、近頃は記憶が飛ぶこともずっと少なくなった。心配性の伸也には、今が一番大事な時だ、といつも釘を刺されるけれど。
(早く仕事終わらせて、予約したケーキ取りに行って、それから……)
透の動きが自然と早くなる。早くあのひとに会いたい。その一心で透は一日を忙しく過ごす。今日は特別な日、二人でお祝いするんだ、と長めの髪がフワフワと弾んだ。
◇◇
家に帰ると、既に伸也は帰っていた。
エプロンをして夕飯を作っていた彼に、勢いよく飛びつく。
「……っ、と! 透、危ないだろ」
「しんちゃん会いたかったぁ!」
伸也の注意も意に介さず、透はグリグリと頭を彼の胸に擦り付けた。伸也は呆れたようにため息をつき、透の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「おかえり。もうできるから……って、それなに?」
伸也は透がダイニングテーブルに置いた箱に気付き、指を差す。透はケーキだよ、と笑うと伸也は驚いたように目を丸くし、それから微笑んだ。
「買ってきてくれたの? ありがとう」
「へへ、だってしんちゃんの誕生日だし」
お祝いしないとね、と言うと、不意にその唇を奪われた。軽く吸われて離れた伸也の唇は、柔らかくて、温かい。
「透だけだよ、僕の誕生日を祝ってくれるのは」
昔から、伸也の誕生日を祝うのは透だけだったらしい。だから、透と離れていた三年間は、すごく寂しかったとも。
「じゃあ、来年はオレの仕事場の人で祝う? 肇さんとか、張り切って料理作ってくれそうだけど」
「うーん……」
伸也に抱きついたままそう尋ねると、なぜか伸也は迷う素振りを見せる。どうしてだろう、と思っていると頭にキスをされた。
「みんなと一緒だと、こういうことできないでしょ?」
「そーだけど……」
そう言った伸也は、透が次の言葉を紡ぐより早く、唇に吸い付く。リップ音を立てて離れた唇は、もう一度、もう一度と角度を変えて迫ってきて、透は慌てた。
「ちょっと? ご飯は?」
「それよりこっち先がいい」
伸也は逃げようとする透をシンクに追い詰め、顎を救ってまた口付けてくる。
「ん、んむ……っ」
下唇を舌先でなぞられ、思わず口を開くと、隙ありと言わんばかりに伸也の舌が入ってきた。上顎を撫でられびくん、と肩を震わせると、唇を離した伸也の顔が見える。
完全に、欲情した男の顔が、そこにはあった。
「ほ、んとに、いまするの?」
「うん。ずっと待ってた」
そう言って、再び伸也の顔が近付く──。
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