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【第6話②】言ったら全部、叶えてやる。2
モダン調のダブルベッドに、美斗の身体を下ろす。腰を掛けた彼の足の先が、シーツを握り、皺をつけた。
どうせDropが開けたら出ていこうとするだろうとは踏んでいたが、直前で止められたのは幸運だった。目が覚めた時、隣で眠っているはずの彼の姿がなかった時には本当に焦った。
シュンと眉を下げた美斗は、叱られた子どもみたいに俯いている。
下まつげの下には、涙の跡が残っていた。
「改めて聞くけど、何かして欲しくないことはある?」
問いかける。
不思議そうな瞳がこちらを見上げた。
そうか。まずはここから説明しなければならないのか。
「ハルトは知らないかもしれないけど、Play中の主導権はSubが握るんだ。Domにコントロールを渡すか渡さないか、渡すとしたらどこまでのPlayをするのか、Subは選ぶことが出来る。そして俺は、ハルトがNGだと言った行為はしない」
国近は優しく説明してやる。
静寂がその場に広がった。
しばらくして、
「……痛いのは、嫌だ」
という弱々しい声が返ってきた。
「そうか」
彼がこちらをチラチラと伺う。この先も言っていいのか迷っているようだった。
じっと待ってやると、やがて詳細が続いた。
「……殴られたり、蹴られたり、叩かれたり、鞭もNGだ。首を絞められるような呼吸を止められる行為も好きじゃない」
「……。……分かった」
予想はしていたけれど彼が言っていることは、すべて兄や他のDomから実際にされた行為だろう。直接聞くのは胸に来るものがあった。それでも、この先を行うのなら、確認をしなければならない。同意なしに縛り付けるような真似はしたくない。
「あ、と」
躊躇いがちに、視線が泳ぐ。きゅっと、一度だけ唇を噛んだ彼が言った。
「……本番は、してもいい」
はっと国近は目を見開く。
「ハルト、それは……」
彼に服を着せたとき。一瞬だけ、チラリとしか見ていないが彼の蕾には乱暴にされた痕が残っていた。
あれから五日。おそらく、傷はまだ完治していない。
今挿れたら、きっと痛い。
きつく唇を結んだ美斗が、再び俯く。
数秒、国近は悩んだ。
『本番は嫌だ』
初めて彼に会った日、彼はそう言っていた。けれど今は、全く反対のことを言っている。
『してもいい』と国近の方に選択権を預けてはいるが、言外に自分を求めている。
無理はさせたくない。けれど、この強情が自ら強請るなんてよっぽどのことだ。相当今回のことが堪えたのだろう。
安心、したいのかもしれない。
「……分かった」
短く、国近は頷いた。
「なるべく、優しくする。痛かったらきちんと言ってほしい。無理だと判断したらすぐにやめる。それでいいね?」
こくっと、美斗が頷いた。
ベッドサイドから、彼の中心に目をやる。
そこが主張しているのは、きっと、国近がGlareを向けたときからだ。
気が付いていた。
彼から少し離れたところに、国近は腰を掛ける。
「おいで。“Kneel”」
ほっと、美斗が息を吐いたのが分かった。従順に国近に近寄り、ベッドの上でぺたんと座り直す。
「ああ、いい子」
ご褒美に頬を撫でてやる。気持ちよさげに目を細め、色白の肌を国近の手にすり寄せた。
くすり、と国近は口角を上げた。
二回目のコマンドは、もう決めていた。きっと褒める口実が出来るものがいい。
「服、自分で脱いでごらん。“strip“」
*
――支配されることが、幸福だなんてあるはずがない。
ずっと、そう思っていた。
そっと、シャツのボタンに手をかける。指先は力が入らない。何度も失敗して、時間をかけて、ようやく一つ目を外すことが出来た。同じぐらい時間をかけて、二つ目、三つ目とボタンを外していく。
頭一つ分、高い位置にある、国近の顔を見上げる。“strip”のコマンドを向けてから、じっと、美斗を見つめている。
その真っすぐで強い目で。
身体の奥が熱かった。熱はもうとっくに下がっているはずなのに、ドクドクと脈打つ胸の鼓動が収まらない。
全てのボタンを外し終える。ゆっくりとシャツを袖から抜いた。
真っ白で清潔なシーツの上に、それを落とす。
ふわりと、国近が笑った。
「うん。“good”」
ああ、まただ。もう高ぶることはないと思っていた体温が、また高くなる。
コマンドを聞いて、それが出来たら褒められる。それが、こんなにも心地がいいなんて知らなかった。Subに生まれて良かったと思えたことなど一度もなかった。ずっと、支配されることはおそろしいことで、辛いだけだと思っていた。
けれど今、美斗はとても満たされているような気がした。
「し、たも?」
問いかける。
「ああ」
短い肯定が返ってきた。
数秒の逡巡のあと、美斗はズボンに手をかける。それをゆっくりと、足首の位置まで下ろす。
「あ、の」
再び、チラリと国近を伺う。下着もとった方がいいのだろうか。けれど、美斗のものはもう主張をはじめていて、ボクサーパンツにしみを作っていた。さすがにこれ以上は恥ずかしい。いや、今だって相当恥ずかしいことをしているわけだけれど。
内腿を、もじもじと擦り寄せる。
薄く、国近が笑った。
そっと、国近の手が頬に触れる。それは肌をなぞり、首元に移動していく。
首輪に、触れた。
金属製の重厚な首輪。鍵は置いてきたから付けられてはいないけれど、それでも自ら外すことは出来なかった。
自分を縛る、忌々しい呪い。これがずっと嫌いだった。
中留を、国近がつまむ。
「あ……」
これを外そうとしてくれているのかと、美斗は気が付く。
早く、解放してほしい。こんなもの、自分には必要ない。
けれど心とは裏腹に、肉体から出たのは拒否反応だった。
「っ!」
ぎゅっと、強く目を瞑る。唇に歯を立て、血が出そうなくらいに噛んだ。
すると、すぐに国近の手は離れた。
「……今すぐに外してもいいけど」
恐る恐る、薄目を開ける。
「その前に、嘘を吐いたハルトにはお仕置きをしないとな」
細めた瞳の裏に、どす黒く光る欲を見つけて、胸の奥がざわつく。ああ、この人は紛れもないDomなのだと、ぼんやりと美斗は思った。
不思議と嫌な感じはしなかった。先ほどNG行為は全て洗いざらい伝えている。彼がしないというのだ。美斗が言った行為はしないだろう。
恐怖の代わりに胸の奥にうずいたのは、淡い期待だった。
「あ、」
ボクサーパンツに手がかかる。ぐいっと彼の手でそれを下にどけられると、先走りで艶めいた美斗のものが露になった。
かあ、と美斗は顔を赤く染めた。国近から目線を背け、腕を使ってそれを隠す。
けれど、そんないじらしい行為を、国近は許してくれなかった。
「腕、どけて。俺に見せて。“present”」
「ひ……!」
新たなコマンドに硬直する。命令しているくせに、口調はひどく優しいのは、出会った日から変わっていなかった。
従順になることを覚えた身体が、それを脳みそが処理するよりずっと早く動いて、内腿の先にあるものを晒す。
「ここ、握って」
国近に手を掴まれて、それを根本の部分に当てられた。
「ぁ……?」
戸惑いながらも大人しく握り込む。
「俺がいいって言うまで、イっちゃだめだよ」
イっちゃだめ。痛み以外のお仕置きははじめてだ。
「あ、あの」
頭上の国近を見上げる。
少し乾燥した指先が、腰に触れて、肌をなぞる。それは、そのままゆっくりと上の方へと移動して胸の突起を掠めた。
「ひぁ」
思わず、小さな嬌声が零れた。自分から漏れた艶やかな声が信じられなくて、唇を嚙んだ。指先はそこにとどまり、飾りを弾いていく。
そうされると、もう息が出来なかった。
「ん、ぅん」
みるみるうちにそこは赤く染まり、ピンと主張をはじめていた。
*
「……ハルト」
うなじに向かって、国近は呼びかける。
「それじゃ、触れない」
胸を弄りはじめてから四半時。決定的なところへの刺激は避けてそこだけを責めていた。どうやら彼はそれに限界を感じたようで、国近の膝元でうずくまってしまっていた。
「う、うぅ、やぁ」
俯いたまま、美斗はフルフルと首を振る。
それでも、国近に言われた通り、根本を握った手は離さないのだから大したものだ。
浅黄色の髪の隙間から、重厚な金属製の首輪が見えた。
先ほど、国近が外そうとした時には酷く怯えていた。いきなり外せばまたDropするだろうから、『お仕置き』で少しでも気が紛れればと思ったが、こうもいじらしい姿を見せられると、もう少しいじめてみたくなる。
「ほら、ハルト」
頑なに動こうとしない美斗を宥めるように、国近は指先で彼の背骨をなぞった。
「ひ!? あぁ、や、ああ」
びくびくっと身体を跳ねさせる。まるでまな板の上の魚みたいだ。
はあ、はあと荒い呼吸をして、快楽を逃がす。
「あ、ぅぁ、ひ」
美斗の腰が揺れる。国近が何もしてくれないのを悟ったのだろうか。甘い声を上げながら、シーツに自身をこすりつけ始めた。
国近は目を細めた。
普段の強気の態度はどこへやら、という感じだ。このままそのギャップを眺めているのも悪くはないけれど……。
――今日の目的はそれじゃない。
「ああ。こら」
数回それを見逃してやって、気持ちよさそうにとろけた彼の顔を堪能してから腰を持ち上げた。
「ひっぃ? や」
糸を引いて、シーツから彼の自身が離れる。
刺激が止まり、戸惑った彼が国近を見つめた。
「勝手にしていいなんて言ってないだろう? お仕置きなんだから、もう少し耐えなきゃだめだよ」
潤んだ瞳に、極めつけのコマンドを下す。
「そのまま、“Stay”」
*
溶かされていく。心も、身体も。
国近の膝元で頭を垂れて、美斗は淡い呼吸を繰り返していた。腰だけ不自然に上がっているのは、“Stay”のコマンドがあったからだ。
その上がった腰を、上下にくゆらす。もう随分長い間、決定的なところに触れてくれない。
どうやら国近の『お仕置き』は、徹底的にその焦らしに耐えろということらしかった。
色の白い細い右手は根本を握っている。結構前から力が入らなくなっているけれど、命令だから、離すことは出来なかった。離そうとしても、美斗の本能が従順にそれを叶えようとする。
その手のひらは尿道口から流れる液でぐちゃぐちゃになって、もう境目がどこかも分からない。
ふいに国近の指が肩をなぞった。その指はぴと、と首輪に触れて、止まる。
(あ……)
金属製の首輪。
自分を縛る、忌々しい呪い。
これを付けられたのは、いったいどれぐらい前だっただろう。
――お前は、僕のものだよ。
頭の奥で、支配者の声が聞こえた。それは次第に大きくなり、美斗に警告を鳴らす。
ダメだ。
「ごめ、ごめんなさ、兄ちゃ、」
逃れようと、身体をよじった。
外してはいけない。それを外したら、兄の意志に逆らうことになってしまう。
Domの命令なのに。自分はSubなのに、叶えることが出来ない。
「ハルト」
すると、国近の反対側の手が、美斗の顎を掴んだ。
乱暴に持ち上げられ、目線が合わさる。
「今、ハルトとしているのは誰?」
柔らかに、問いかけられた。
見上げた先に人の良さそうな顔が見える。
顎を動かさないまま、美斗は目線を下の方へと向けた。
内腿の先、それを握っているのは、彼に言われたからだ。
ああ、そうか。今、自分がPlayしているのは――。
自分の支配者は――。
「…っ…ちか、くに、ちかぁ」
途切れそうになる呼吸の隙間、名前を呼んだ。
ふっと、国近が笑う。美斗が大好きな手で、頭を撫でた。
その手は下に移動して、自身を握り込んだままの美斗の右手に触れる。
「ここ。もう限界だろう? 外して、自分で触っていいよ。誰のためにそうしてるのか想像しながら」
「へ……?」
「まだ出しちゃだめだよ」
支配、されている。優しくてひどい、この男に。
美斗は言われた通り、手のひらを開いた。
軽く握り直し、上下に擦る。
「あ、ぅ、ああ」
散々焦らされてから与えられた刺激は、極上のものだ。
ほんの数往復で出してしまいそうになる。
蕩けた視界の先に一瞬だけ見えたのは、普段通りの生真面目に戻った顔つきで。
「これが外れたら、ハルトは俺のSubだ。誰にも手出しはさせないし、また今回みたいなことになっても、何度だって助けに行く」
中留を、再び国近が摘まむ。
熱い目線が美斗のことを射止めた。
「そのまま、俺のことだけ考えていればいいよ」
パチンと軽快な音がして。
緩やかに、美斗の呪いは外された。
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