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【最終話④】首輪が嫌いな君にRewardを。4
*
へたり、と布団の上に膝を折る。へにゃっと、さらに力が抜けて、下半身から溶けていくように、美斗はその場に跪いた。
肉体が小刻みに震える。先端から沁み出した液体が美斗の下着をじっとりと濡らしていた。
「ああ」
すっかり形を示しているそれに、国近がちょんと触れる。
「ひぁ」
刺激を敏感に感じ取って、ビクッと一回、美斗の身体は大きく跳ねた。国近がボクサーパンツの平ゴムへと手をかける。それを下へと下げられると、白濁を帯び、てかてかと光った美斗の陰茎が露になった。
「……Kneelだけでイっちゃた?」
へ、と美斗は瞳を揺らす。まだ全然触れられていないのに。
国近は美斗の頬を撫でて、じっと美斗の表情を伺う。
「でも、上手にスペース入れたみたいだな」
頭の奥が、ふわふわと揺れる。はじめの声も、手も心地がよくて、訳が分からなかった。
蕩けた美斗の顔を見て、クスクスと国近が笑った。
「あんまり布団汚したくないだろう? 今日は前で出すのは禁止な」
「へ……?」
禁止……?
鈍くなった脳みそは、その言葉を理解するのに普段の何倍も時間がかかった。
それはつまり、今日は出さずに達しろってことか?
「ぁ……そ、な……」
そんなの……。
内腿が期待にうち震える。抑えきれない興奮が口内に分泌し、それをごくっと美斗は飲み干した。
「美斗」
国近の指先が、美斗の顎に触れた。人差し指が押し付けられて、強制的に顔を上へと向けられる。
「返事」
向き合った瞳は、どこまでも綺麗で、深くて、昏い。吸い込まれるような濡羽色をしていた。
微かに寄せられた眉に、興奮と、情愛と、加虐心が見え隠れしている。
「ひ」
きゅっと、美斗の喉奥が詰まった。首輪なんてそこにはないけれど、確かにこの男は自分を支配している。
「ぅ……あ……」
じわっとまた下が濡れていく。こんな状態なのに、耐えられるだろうか。けれど、美斗に拒否するという選択肢はなかった。ちゃんと出来たらきっと……。
きゅっと唇を噛み締めてから、
「は、い」
と答える。
「『いい子』」
*
膝上に、美斗の身体を乗せる。
力の抜けた肉体は、国近の肩口に頭を置いたまま、とろとろと蕩けて甘い呼吸を繰り返していた。
腰から手を伸ばし、彼の臀部に触れる。そのまま蕾まで指先を伸ばし、二、三回ゆっくりとそこをなぞる。美斗の腰は上下に揺らいで、もっと奥へと国近を誘った。
「ハルト」
指先を、一度臀部まで戻す。
「腰揺れてる。“Stay”だよ」
ひた、と美斗の動きが止まる。
「あ、あぁ」
ぶるっと上半身を震わせて、もう何度目かの限界を迎えた。
それを見て、クスクスと国近は意地悪く笑った。
「さっきから、俺がコマンド出す度にイってる」
先ほどから、国近はほとんど美斗の身体に触れていない。彼の性感帯を軽くなぞっているだけだ。それでも、そうした軽い愛撫の中にコマンドを混ぜてやると、今のように、いともたやすく美斗は達してしまう。
スペースに入っている彼は、直接的な刺激なんかなくてもコマンドだけでよっぽど気持ちがいいみたいだった。
「でも出てないね」
膝上に目を向けて、彼の自身を確認する。切なそうに震えているけれど、一度出したきり、一滴の白濁も零していなかった。
出すなという国近の命令を忠実に叶えている。
射精なしでの絶頂は、射精よりも広範囲で全身を包み込む。射精のように物理的な終わりもないから、きっと想像以上に辛いだろう。
タオルはある。スキンも持っていた。
布団を汚さないでする手段なんかいくらでもあるけれど、自分のためにと耐えている美斗を見るのが国近は好きだった。射精すらも管理しているという状況に、支配欲が満たされる。
そして美斗も、きっと国近のために耐えるのが好きだ。
「“Good boy”」
ご褒美を与えて、ツプっと彼の蕾に指先を挿入する。
きつく締まったそこは、きゅうきゅうと国近の指を締め付けた。
「はじ、はじめっ」
耳元で、美斗が名前を呼ぶ。
「……ん?」
首を傾げながらそちらに顔を向ける。へにゃっと蕩けた顔が目の前にあった。
「きす、キスはぁ?」
と甘く強請る。
普段の様子からは想像もできないその様子に、国近は一瞬虚をつかれて、それからクスクスと幸せそうに笑った。
後頭部へと手を回し、唇を重ねる。隙間から舌先を差し込み、咄嗟に逃げようとする彼の舌を捕まえた。
「ん、ふぁ、あ」
舌を絡めて、歯茎の裏をなぞり、口内を蹂躙する。
しばらく堪能してから、そっと唇を離す。絡み合った粘液が糸を引き、飲み切れなかった唾液が、美斗の唇の端から零れ落ちた。
へたりと、美斗の頸が再び国近の肩口に落ちた。
は、はと淡くなった呼吸を繰り返す。
「よか、よかった」
国近の背中に腕が回された。浴衣の布を、きゅっと、美斗が強く掴む。
もう離さないというように……。
「はじめが死ななくてよかった」
絞り出すように零したその声は、今にも泣き出しそうに滲んでいた。
はた、と国近は気が付く。彼を守って出来た傷は、国近の脇腹に大きく刻まれている。
そうか。まだ、怖いのか。
あんなことがあったのに、国近は病室で彼と再会して以降、彼が弱音を吐いている姿を見ていなかった。両親の墓参りですら、彼は涙を見せていない。
きっかけがなければ泣けない子だ。今日までずっと、耐えていたのかもしれない。
「もう、どこにも行くな」
声色がみるみるうちに涙で濡れていく。
「おれを一人にするな……」
「ああ……。怖がらせてごめんな」
国近は美斗の頭に手を置いて、優しく頭を撫でた。その手を背中まで下ろし、子どものようにしゃくりあげている彼を落ち着かせてやる。
「全部、美斗のものだよ。俺はずっと、美斗のDomでいる」
「おれ、おれは?」
「美斗も俺のものだ」
涙で濡れた瞳が、こちらを見つめる。瞳の奥はまだとろんとしていて、スペースがずっと深いことを物語っていた。
「キス、もっかい、しろ」
と甘える。
「はいはい」
表情を緩めて、国近はまた唇を重ねた。
*
蕾の指を、一本分増やす。時々しこりを刺激しながら奥へと進んでやると、入り口は柔くとろけて、すぐに国近を受け入れる準備を始めた。
隙間が十分に広がっているのを確認して、もう一本分指を差し込む。
「んぅ、はぁ、ああぁっ」
しこりをしっかりと押しつぶされて、美斗の身体はびくびくと跳ねた。
「ハルト」
肩口を掴んだまま悶えている彼の顔は、その蕾と同じぐらいにぐちゃぐちゃだ。
薄く笑って、国近は指を抜いた。
「自分で挿れて」
「……へ?」
蕩けたまま、首を傾げる。
反り立った自身を蕾に当てると、何をされるのか感づいたようだ。
「待っ……」
と、国近の肩を押した。
「美斗」
「“Kneel”」
ぺたんと彼が腰を折る。緩んだそこは国近の自身をいともたやすく飲み込んでいた。
「ひぁ、ああぁっ」
身体をのけぞらせて、深く深く、美斗は達した。
扇情的な彼の様子を眺めながら、国近は思う。
ずっと俺のものだ。もう絶対、誰にも渡さない。
*
薄明の空が、客室を僅かに灯し出す。
うっすらと瞼を開けると、美斗は布団の中にいて、国近に抱きしめられていた。
骨ばった指が美斗の頭を撫でている。もう、きっと動けるのだろうけれど、もう少しだけ彼の手に浸っていたくて、美斗はそのまま目を伏せた。
「美斗」
と名前を呼ばれる。
「Claim契約しないか?」
伝わる体温はぬくぬくと温かい。目を閉じたまま彼の声を聞いていると、美斗はとても穏やかで幸せな気持ちになった。
「ああ……いいな」
と呟く。Claim契約というのは、DomがSubに行う正式な所有の証明だ。その方法はいくつかあるけれど、役所に届け出を提出するとパートナーであることを公的にも証明してもらえる。それは法的な拘束力を持ち、家族と同じような扱いになるそうだ。
家族。そんなことは、出会ったときには想像もしなかった。
でも家族になれたらきっと……。
「……ずっと一緒にいられる」
それは、美斗が人生で、はじめて心から願った望みだった。
*
客室に朝日が差し込む。オレンジ色の柔らかな光が充満して、部屋の中は温かな空気に包まれていた。水鳥の鳴き声が、客室のずっと向こう、海の方から聞こえる。
縁側に腰をかけて、美斗は外の景色を眺めていた。
「露天風呂、もう一回入るんだろう?」
背中に向かって、国近が呼びかける。
「後から行くから、先に入っておいで」
華奢な背中が、ゆっくりと振り返ってこちらに目を向けた。
「なあ」
と国近を呼ぶ。
「お前の姓を名乗ってもいいか?」
はた、と少し悩んで、気が付く。
それはきっと、まどろみの中で話した、Claim契約のことだった。
ダイナミクス性のカップルは、役所に届け出をするとパートナーであることを公的に証明してもらえる。その制度では、姓の変更が認められているのだ。
DomもSubも別の姓を名乗る場合が一般的だけれど、Claim契約は元々、DomがSubにする所有の証だ。Sub側がDomの姓に変えることも珍しくない。
「……いいのか? 大切なご両親の姓だろう」
目下、須藤家との間で、養子縁組を解消する手続きが進んでいた。それが終われば美斗は生家の戸籍に戻って、『雨宮』姓になる。国近はそこまで強制するつもりはなかった。
美斗は薄く笑って、また縁側の向こうへと目を向けた。国近は小首を傾げる。
近づいて、美斗の隣へと腰を下ろす。彼はゆっくりと唇を開いた。
「雨宮美斗は、両親が死んだ雪の日に死んだんだよ。これから俺は生まれ変わって新しい生を歩むんだ」
視界の向こうに、よく晴れ渡った空とキラキラと光る海面が見えた。見渡す景色はとても綺麗で透き通っている。
「だから名乗るなら、お前の姓がいい」
「……分かった。それで手続きしよう」
彼が望むなら、国近に拒む理由はなかった。
「あ、と」
そこで、美斗は俯く。首元に指を置いて、きゅっと唇を噛み締める。
「首輪は……」
その様子を見て、国近は軽く、彼の額を中指で弾いた。
「ばーか」
「いっ」
と呻いて、美斗が額をさすった
「まだ、怖いんだろう。無理しなくていい」
冬の間は、マフラーを巻くのだって躊躇していた。気がつかないはずはなかった。
目線を外して、国近はまた景色の方へと目を向ける。
「首輪がなくても、美斗は俺の大事なSubだよ」
「…………」
沈黙。
「美斗?」
不思議に思って、国近は美斗の方を伺う。
美斗はかぁと顔を赤く染め、照れくさそうに俯いていた。こういう顔も出来るらしい。
「ははっ」
素直な様子が可愛くて、国近は笑った。
「耳まで真っ赤」
言いながら、国近は美斗の耳元に触れる。ぴくっと彼の身体が跳ねた。
「うるさい」
普通に囚われなくてもいいと思う。
国近は美斗に一生首輪を贈ることが出来なくても構わなかった。
頬の方へと手を伸ばし、彼の顔をこちらへと向けさせる。
視線を合わせて、そっと、唇を重ねた。
ただ今は、首輪が嫌いな君に、
精一杯のRewardを。
――あげたいと、そう思うのだ。
〈完〉
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