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ガルム×キサラギ 2.私は私じゃない
ぼんやりと音が聞こえる。遠くから何か。
目を覚ますといつもの布団。それと見覚えのないタオル。何だろうと考えることもできない寝ぼけた思考で、二度寝をするかしないか迷っている。目覚ましが鳴らずに起きたということは今日は公休日だ。いっそのことこのままもう一度寝て、夕方くらいに起きればいい。きっとそうだ。そう考えて目を閉じた。
「…。いつまで寝ているんだ怠け者」
遠くで聞こえていた音とともに低い声が聞こえる。顔だけそちらに向けるとティーカップを運んでいるガルムが見えた。
「…休みじゃなかったか?」
「ああ、今日は公休日だ。しかし起きるべきだろう」
サイドテーブルにティーカップを置くとそのままベッドに入ってくる。布団の中のぬくもりが外に出て行って寒い。
「なんだ」
「朝食でも頂こうと思って」
「…?」
目覚め切らない頭では意味が分からずそのまま布団の中でもぞもぞとしているガルムを眺めていた。
「鈍いな。寝起きだからか?」
何の意図もわからないままぼうっとしていると服の下に手を差し込まれた。急に触られた事に意識が回りきらず驚いて跳ね上がる。
「な…何をするんだ!!貴様!」
「朝食が騒ぐな」
一気に理解し赤面した。この色男め。逃げようともがいては見たものの全く意味はなくむしろ余計に彼の腕の中に誘われたような気さえする。どうしようかと周りを見ても解決策は舞い降りてこなさそうだった。
「本当に嫌なら止めてやる」
「嫌だが?」
「正直者め」
なぜかはわからないがこの男は私のことを溺愛しているらしい。そう、本人が言っていた。彼が死んでいる間も多少意識の共有をしていたのは事実だが、溺愛される理由は全くわからない。
「同じ顔のやつを抱いて何が楽しいんだ」
皮肉と自虐を込めて言い放った。
「馬鹿を言え、鏡を見てみろ」
「…いつも見ている」
「私にはあくまで似ている人にしか見えんな。確かによく似ているが私はお前のように笑ったりはしない」
彼が言うには私の性格がとても好みらしい。そういわれるのは嬉しいが人格をいじくりまわされた経験から、自分自身の本当の性格かどうかわからず素直に受け止められない。外見も内面も自分のものではない気がしてならない。
「貴様も笑えば同じ顔になるのではないのか」
「…そういう意味ではない。顔が似ている以上、その顔は再現できるだろう。しかし本質はそこではない。心の問題だ」
素直に頷けない自分が少し憎かった。ありがとうと一言いえばいいだけなのに。
「………」
「キサラギが厭だと言うなら、私はこれ以上言わん」
「…、いやじゃ…ない、が…」
起き抜けでまだ眠い時に、柔らかく抱きしめられて、心地いいのは本当だ。
「さて、私は朝食を頂きたいのだが?」
「朝から盛るな」
「軽い口付けでも構わん」
そんなことで許されるのか疑問に思いながらもそれくらいならと体をゆだねる。彼の顔が目の前まで迫って来て、身構えたが予想に反し頬にキスをされて終わった。
「…?」
「なんだその顔は。足りなかったか?」
そんな訳ないとそっぽを向いてもう一度眠ろうか思案した。休みの日くらいゆっくり寝たい。
「…、私は君をあと何年愛せるだろうか」
「さあな」
それは愛想が尽きるまでの時間ということか?そうならば私の知った話ではない。時間の話であるならばおそらくは限りなく長い。
「100年は軽く超えるだろうか…想像もつかないな」
「勝手に慣れていく」
「100年以上生きることにか?それとも老化しないことに?」
「どちらにもだ」
概念が日々崩れ去っていくこの世界では寿命も老化も、私たちの知るものではなくなった。死ねないわけではない。外傷があれば死ぬことはできるし、病気にもかかる。それを生き返ったばかりの彼はどう見るのだろうか。
「死にながら外の世界を見ているよりは、ずっとましだろう」
「そうかもな」
自ら行動できるかできないかで言えばできたほうが何倍も楽なのだろう。その感覚のほうが私にはわからないものではあるが。
「…また寝るのか?」
「いいだろう?公休日だ。お前が本当に私を愛しているというなら、こんな怠けた私も愛してくれ」
「折角紅茶を淹れてやったというのに」
不満そうにこちらを見ている。
「じゃあ、紅茶だけは頂こうか?」
「もういい、冷めている。後で淹れなおすから眠って居ろ」
どちらかというと拗ねている。ガルムは紅茶を飲んで欲しかったというより、一緒に朝食をとって、時間を共にしたかったというところなのだろう。ガルムも寝る気なのか私から離れることはない。
「おやすみ」
「嗚呼、お休み。愛しのキサラギ」
軽々しく愛していると言わないでほしい。そうは思っていても恋人が亡くなって以来さみしいのも事実なのだ。熱烈に愛されているというのは悪くない。
また、起きたら私のどこが好きなのかを聞こう。
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