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ガルム×キサラギ 3.紅茶派?

 昼過ぎに目が覚めると今度は私だけが起きていて、ガルムは猫のように眠っていた。私より身長の高い男を”猫”と形容するのは少し違和感があるかもしれないが、本当にそう見えるのだ。眠っている時ばかりは優しい表情をしている気がするし、丸くなって寝ているところを見るとどうにも”猫”というのが正しい気がしてくる。  私を抱く腕を押しのけてベッドから這い出る。ガルムは手持ち無沙汰になったのか、もっと丸くなってクッションを抱きしめていた。  冷めた紅茶をサイドテーブルから回収してキッチンへと運ぶ。私は紅茶は何度も淹れているので慣れたものだが、彼が淹れられるのは意外だった。貴族育ちであるし、国王になってからもきっと使用人か何かが用意するのではないのだろうか?私は王ではあったものの結局は監禁されていただけなのだから料理をする時間があっただけで。意外であっても淹れてくれたのは事実だ。冷めているが一口くらい頂いておくか…。 「…?私が買っている茶葉じゃないな」 「私が好きなのだ」  キッチンでコッソリ飲んでいると思ったのに、気が付けば後ろに立っていた。眠そうにしているが、私から離れるのがよほど嫌なのかウトウトしながらそこにいる。 「お前も紅茶が好きなのか」 「…………。婚約者が好きだっただけだ」  言いずらそうにそう言った。確かに彼には婚約者がいたはずだ。私は見たことがないが優しい方だったという。 「彼女と一緒にいるときはいつもこの茶葉だった。それだけだ」 「惚気か」 「どう捉えてもらってもいい。ただ、長い間飲んでいれば慣れから好きになることもある」  茶化したつもりだったが、彼は暗い顔だった。彼女の墓参りにはよく行くし、後悔や未練もあるのだろう。顔までは見れなかったが彼と夢を共有したとき、一度だけ女性を見たことがある。きっと彼女だ。 「経緯がどうであれ、味はいいな」 「そうだろう。もう一度淹れてやろうか」 「いい、私だって淹れられる」  いいといったのに私を押しのけて彼がキッチンに立った。無理やり私がやるのもなんとなく気が引けるので、彼にやらせることにした。手際はとてもよく、素人とは思えない。 「…」 「私が紅茶を淹れることがそんなに変か?」 「変というよりは意外なんだ。貴族育ちだろう」 「逆に貴族だからだ。できて当然、そういうものだ」  そういうものなのか。貧民から見れば貴族というのは何でもやってもらうような人達に見えていたがそうでもないらしい。 「そうだ、聞きたいことがあって」 「どうした」 「私のどこが好きなのだ」  ガルムはちらりとこちらを見たがすぐに向き直った。そしてしばらく間をおいて口を開けた。 「聞けば嫉妬する」 「好きな理由を聞いてか?」 「リィーミアに似ている」  リィーミアとは彼の婚約者だ。嫉妬というよりは悔しいに近いかもしれない。私個人が評価されているとしたらもう少し気が楽になったものを。 「…」 「それが初めの印象だったというだけだ。好きになればどこが、等愚問にしかならんだろうに」 「”私”を好きになってくれたと思ったのにな」 「では逆に問おう。もし今もアルバンがご存命だとして、お前は私を選ぶか」  回答に困った。アルバンとは気が狂うほど愛し合ったものだ。いや、心では答えは出ている。私は間違いなくアルバンを選ぶだろう。それを口に出さなくても詰まってしまえば言っているようなものである。 「人も獣人も愚かだ。シュレイドだそうだったように、誰かがいなくなれば代わりを求めるものだ。それが欲望だ」 「そうかもしれないが、私だって…」 「…、そうだな、他に挙げるとするならお前とリンクしたときに感じるお前の感情が温かくて心地がいい」  私たちは両者が機械に繋がれている時か、腹部で直接接続することで記憶や感情、視界をリンクできる。私にとって地獄のような拷問の産物であるため今もあまり好きではないが彼は記憶の改ざんなどをしない範囲でつなぎたがる。 「あれは得意ではないんだがな」 「お前の感情に包まれているとつい甘えたくなる」  長年甘える相手などいなかったと零す。リィーミアもどちらかといえばお転婆な方で甘えることはできなかったのだそうだ。本人としては誰かに甘えたいが甘えられない環境の中で生きてきた末の希望に見えているのだろうか。確かに彼は私から離れたがらないし寝るときは私を抱きしめて眠っている。おおきな甘えん坊だったようだ。 「私が存分にお前を甘えさせたとして、私に見返りはあるのか?」 「お前の望むことをなんだってしよう。雑用だとしてもこなしてやるし、命でも投げ捨てる」 「そこまでか」 「それほどにお前は私の好きな性格をしているということだ」  確かにタイプだとは何度も言われたし、リンクしている時も好意的な感情を見せることが多い。内面が好きといわれることは素直に嬉しい。それしか私ではないから。 「じゃあ、この紅茶を楽しんだ後にまた寝ても構わないな?」 「怠け者が」 「できるだけ優しくしてほしい」 「…、そういえばお前は行為に対してスキンシップという印象なんだといっていたな。親交を深めたいということか?」 「どのような解釈でも構わない」  私たちには密かな約束が一つだけある。決して口には出さないがそれはいつも守られている。 ――互いにどれだけ思いあっていても、恋人ではないということ 「いい香りだな」 「そうだろう。高いのだぞ」  それが恋人以上の感情であっても、私たちはそうではない。そうなれないし、そうであってはならないはずだ。きっとそう。きっと。 「こら、そんな顔をするな。来世ではうんと可愛がってやる」 「何も言っていないし、そんなことを思ってなどいない」 「嘘をつくな。まぁ、私よりいい人が出来たら其方に行けばいい。私たちは友人にも恋人にもなれないのだから」  紅茶をカップに注いでベッドルームに戻っていく。冷める前に、飲み切れるといいが、そのような雰囲気でもなさそうである。 「明日には響かない程度にな」 「保証できないな」  こんな休日を過ごしているとはだれにも知られたくないものだ。

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