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ガルム×キサラギ 4.生前
シャワー上がりにガルムはよくぼーっとして鏡を見ることがある。最初は眠いのだろうと無視していたのだが明らかに毎回見ているのだ。私はついに気になって声をかけた。
「何か気になるのか?」
「髪が短いのに慣れない」
回答は意外なものだった。
「長かったのか?」
「ああ。髪を切ったのは死ぬ二週間前だ」
言い切られた言葉の重さがのしかかった。軽く死んだと言うな。
「…」
何とも言えない空気になったことを察したのか彼は続けて話し出す。
「私の許嫁は”男が髪が長い”のはだらしないという人でな。ずっと切れと言っていたのだ」
「それでついに折れて切ったら死んだのか?」
「情けないがな」
私は彼が死んでいないと証明するための身代わりであったから彼の最期の姿を模しているはずだ。もし紙がないまま死んでいたら私も髪が長く居られたのか。
「…のばしてもいいか」
「それはお前が決めることだろう?私の意志が必要か?」
「今はお前が私の恋人…のようなものだ。お前が厭ならやめようと思う」
一瞬恋人と言い切ろうとした彼にドキッとしたが彼も気まずそうに言いなおす。私たちはただ運命共同体 なだけだ。それ以上にはならない。なれない。
「私は髪の長い人が好みだよ」
「そうか…」
少し考えた後返ってきた言葉は意外なものだった。
「やはりやめよう」
「どうしてだ、お前は長い方がよくて、私も長い方が好きだ。いいことしかないだろう」
「今は恋人になれないのだ。来世で魅了してやろう」
彼の口癖だ。今世では恋人にはなれない。ならば来世ではうんと可愛がってやろうと。今世で惚れられても困るから髪は切るらしい。……もう手遅れだが。
「まぁ好きにしたらいい。私は今のままでも十分にす…」
好きだと言おうとした口は彼の唇でふさがれた。言うなということか。だとして口封じがキスでは言っているも同然だ。
「お前を苦しめているのはわかる。しかしな」
「いいじゃないか…少しくらい。私の部屋の中でくらい」
「…………」
愛していたって、いいじゃないか。ここは私の部屋だ、誰も来ない。そう言いたかっただめだとわかっていても言いたかった。
「すまない、困らせることを言った。私たちは恋人ではないのだから言うのは良くないな」
「キサラギ」
「どうした?」
「愛している。気が遠くなるほどに。お前を見ていた100年間、ずっとそう思っていた。伝えたかった。愛してやりたい。好きだ」
「っ…………、ど、どうしたんだ急に…」
シャワーあがりの濡れた髪のままで抱き着かれた。濡れるとか言いたかったのにじんと涙があふれてきて言えなかった。
「愛してもいいか」
「馬鹿、駄目と言えるわけ…無いだろうが…」
どれだけ助けられたことか。原因は彼だったとしても救われた回数の方が圧倒的に多いのだ。この暖かさ にどれだけ救われたか。わからない。
「泣くな」
「泣いてない!」
私だって嫁が亡くなってつらい時期なのだ、愛が染みるのも仕方がないことだろうに。
「さて、髪を乾かすか。短くていいことは乾かす時間が短いことだな」
「確かにな」
髪をかき上げてドライヤーを手に取ったガルムを横目にコッソリとローションを用意していた。今日は私から誘おう。
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