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キサラギ×アルバン 1.反逆
痛みで視界が眩む。痛みで動かぬ左足を引き摺り、血が絶えず溢れ出す腕を押さえ追っ手から逃げようと必死に前へ進んだ。帝国に半ば監禁されて生きてきた私は、勿論土地勘など無い。どちらへ向かえばいいかわからないまま歩き続けていた。
事の発端は昨日の会議だった。いつものように椅子に座りいつものように大臣らの言葉に耳を傾けていた。何事もなく、進む会議中そこにいた1人の大臣になりすました軍人が声を上げて切りかかってきた。護身術は嗜んでいたので一発は避けることはできたが他の大臣らも皆形相を変えて私へ刃を向けた。
彼らは反政府勢力の者だったのだ。
反政府勢力が力を増していたのは知っていたが、私を殺しにくるとは思わなかった。
それから国中を逃げ回り、ついには国外へ逃げるものの追っ手の攻撃は激しかった。今はもう傷だらけになっている。左足は痛みが激しすぎて感覚がない。きっと左足は折れているだろう。見たくもないから目を逸らしているが、刃物も刺さったままだろうと思う。とにかく逃げなければ、その一心で私は逃げ惑っていた。国は乗っ取られたも同然。忠実な下僕さえも私に剣を向けてきた。味方などもう、いない。他国とは戦争ばかりしてきた我が帝国の味方さえもいない。馬車も無い、船もない。もう、逃げ場など無いのだろうと分かってはいたが、私もただでは死にたくはないのだ。世界中探せばどこかに助けてくれる者がいるかもしれない。その浅はかな希望だけ持ってよろけながら足を進めていた。ついに目の前が霞むようになってきた。何があるのか確認もできない。もう終わりか、そう思った時だった。遠くから声が聞こえる。まさか、追っ手か?今の私に走る力など残っていない。大人しく殺されようか。もう、潮時なのだろう。
「……だい……じょ……すか?」
視界は歪み意識は朦朧としていた為だろう。なんと言っているか私には聞こえなかった。そのまま私は意識を保てず、気を失ってしまったようだ。それ以上、覚えていない。
体中の痛みに悶え、目を覚ますとそこは見知らぬ場所だった。簡易テントのような場所に見える。そのテントの配色は白と赤。我が軍のテントではない。我が軍は青に黒い紋様の入ったテントを使うから。ぼやけた頭でしばらく考えて見たところ見覚えのある色だということに気がついた。もしやスレヴ王国のものか。あの国は白に赤い竜の描かれた国旗だった。だとして私はどうしてここにいるのかを思い出せず何度か瞬きを繰り返し、悩んだ。そういえば反政府勢力に酷くやられて逃げていたのだったか。道理で吐きそうなほど体が痛いのか。考えれば頭も痛くなる気がしてやめた。痛みをこらえながらぼうっとしてどうにかやり過ごそうと思う。そのまま荒い息を整えようと必死になっていたらテント内に人が入ってきた。その人はどうやら獣人のようでやはりスレヴの騎士の格好をしている。
「………」
彼は私が眠っていると思っているのか、物音を立てないように歩き救急箱を漁っている。
「これじゃないしな………」
捜し物が全く見つからないようで困ったように耳を下げた。
「………下にも、箱があるように見えるぞ」
声をかければビクリと耳を立てて振り向く。驚き私を見ていたがすぐに冷静になったようでぺこりと頭を下げた。
「あっ、ありがとうございます。これです」
私が軽く会釈で返したのを見届けるとその獣人はテントから出ていった。あの顔はどこかで見たような気がするが今は全く思い出せない。要人なのだろう。そうでなければ私が覚えているはずがないから。私が知る者などごく少数だ。
ああ、私の部下は無事だろうか。反政府勢力に加担していない者も少数ながら居るはずなのだ。見つかれば殺されるか、拷問を受けるだろう。どうか、無事でいてほしい。
「……気分は?」
仲間のことを気にして考え込んでいるあいだに声をかけられた。青い髪の魔族の男性はこちらを真っ直ぐ見つめている。
「…最悪に近い。痛みはどこから来るのかわからないし、今の状況も相まって不安で潰れそうだ」
「そうですか。…私が倒れていた貴方をここに運び入れたのです。偵察部隊でしか無かったので医療班の者が私だけでして、治療があまり出来ていないので体も痛いでしょう。申し訳ありません」
魔族の男はすまなそうに眉を下げて私の手に包帯を巻きはじめた。
「どこの者とも分からぬのに助けるのか、スレヴは」
「…敵は助けませんよ。いつもなら、ですが」
「分かっているのか」
彼はそっと私の上着を取り出してそこにうつるカファロ帝国の国章を指さした。
「カファロでしょう…?知っています。ですが貴方はカファロに追われているのでは……?」
彼は私を追いかけてきていた反政府勢力と鉢合わせていたらしく、その者達から話を聞いているようだった。私を殺せと何度も言っていたと言い、真偽を確かめるべく捕虜としてテントに引き入れたというのだ。
「ああ…反政府軍に追われている」
「…では本当に貴方が現カファロ帝国帝王、アルガンディア・キサラギなのですね?」
「ああ、私がキサラギだ。間違いない」
しっかりと頷けば魔族の男はにっこりと笑った。
「心配しないでください。貴方を殺したりしませんよ。貴方のことは知っているんです」
覚悟を決めていた私はきょとんとし、彼を見上げる。すると彼は誰かをテントに招き入れた。
「スレヴに亡命した大佐が居るのはご存知でしたでしょうが、彼が教えてくださったのです。貴方が国王として指揮をとっているのではないと」
奥に見えるのは2年前にスレヴに逃げ、スレヴの軍勢に加わった男だった。
「私は見ましたから……アルガンディア様が機械の中で悲鳴をあげているのを………。ですから助けてくださいとお願いしたのです。彼に…」
「そう……だったのか。助かった」
彼はこの魔族の男やスレヴの重役に私が偽の王であるという事実を伝え、命は助けて欲しいと頼んだという。いや、偽の王というは間違いだ。国王であることは間違いないのだが私は国王とされて以来国を仕切ったことは無い。毎日のように機械の中で電流を浴びて、改造を繰り返され、公の場には別人が登場し、会議には座っているだけ。反論でも言えば後で裏のものに痛めつけられる。そんな生活だった。それを知っているのは軍の重役のみ。大佐だった彼は当然知っている。
「まさかな…反政府勢力に追われるとは思っていなかった」
「そうでしょうね。彼らは貴方様の後に政治を動かしている人がいるのを知っているのですから」
私が指揮を握ったことも、国の政治に介入したこともないのは皆知っていたのだろう。なのに何故…。
「もう時間ですよ、お二人共」
会話を切ったのは先程の獣人だった。
「すみません、今行きます」
私は魔族の男に抱き上げられテントから出された。即座にテントは畳まれて、片付けられる。そのまま馬車まで運ばれて降ろされた。
「今から本国………いえ、スレヴに向かいます。その間治療は行いますが、スレヴへ帰るまでは本格的な治療はできませんから…これを」
渡されたのは錠剤。どうやら痛み止めのようだ。
「気休めか」
「すみませんね」
カファロ帝国がある大陸からスレヴまではかなり距離がある。海を渡って行かなければならないから相当だ。魔法の発達したスレヴは飛行船で海を渡るから多少は早いだろうが…。
耐え抜くしかないな。
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