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9.3 初めての発情
九月十五日生まれの旭は既に十六歳になっているのだが、十月が終わってもまだ発情期は始まらなかった。
十一月頭の土曜日、旭はくすのき園の本園へと行くことになった。高校に復帰したため、カウンセラーとの面談が休日に移動になったからだ。
その日は同じホームの小学生たちも、ちょうど本園でボランティアの大学生から勉強を教えてもらうことになっていた。
小学生たちの時間に合わせて一緒に家を出ると、早めに本園へと着いてしまう。旭はカウンセラーが来るまで一時間程度、診察用の小部屋で待たされることになった。
部屋の壁際にあるベッドに上がり、ゴロリと横になる。何日か前から調子が悪く、昨日の夕方に病院で風邪と診断されていた。風邪薬は飲んでいるのだが、全身の熱っぽさと倦怠感が抜けない。少し横になって休もうと、旭は目を閉じた。
ぐっすりと眠り込んでいた旭は、下半身がムズムズする感触で目を覚ました。朝勃ちとは違う、もっと強烈な欲情。
何だ……これ。
そろりと股間に手を伸ばすと、そこは完全に勃ってしまっていた。しかしこんな場所で処理することもできない。身を起こそうとしても、フラフラして力が入らなかった。
もしかして、これが発情期?
万が一のために抑制剤は貰ってあった。しかし昨日から風邪薬を飲んでいて、飲み合わせしてもいいものか分からなかったため、今日は手元に持ってきていない。
やっと上半身を起こしてはあはあと息を吐いていると、ガラリと部屋のドアが開いた。そこにいたのは、こんな施設にいるはずのない男だった。
「な……ようた、ろ……?」
庸太郎はドアを開けた状態のまま、目を見開いている。
「旭?」
旭は大慌てで傍にあった毛布で下半身を隠した。
「何で、お前、こんなとこに――」
「家族ででかける途中に父さんがここに寄ったんだ。施設への寄付金がどうとかって」
庸太郎はドアを閉めて室内へと入ってくる。
「ああ、お前の親父、政治家だっけ。ご支援どーも」
こんなところでもαとは金銭的な上下関係があるのだと思うと、握った拳に力がこもった。
「旭は、あの事件の後ここにいたんだな」
「正しくは、ここの分室のグループホーム。今日はたまたま……」
乱れる息を整えながらなんとかそんな会話をしてから、それにしても庸太郎がこの部屋を見に来たのは不自然だと思い直した。
「お前、ここに何か用があったのか? 誰かを探してたとか?」
「そうじゃなくて、何か匂いがしたから、無意識に――」
どこか様子がおかしい。そう思った時には、庸太郎は旭の座るベッドの目の前に来ていた。
「近付かない方がいい。お前だって、ずっとそう思って避けてただろ?」
旭の忠告も虚しく、庸太郎の手が旭をベッドに押し倒した。
「や、め……!」
旭の抵抗を押さえ付け、庸太郎の手が旭の上にあった毛布を剥ぎ取った。
「旭、お前、これ……」
彼の視線が旭の膨らんだ股間に注がれていた。
「知らなかった! 風邪だって言われてたのに、気付いたらこんな――」
旭の言い訳が終わらない内に、庸太郎は急くように旭のシャツを捲り上げた。匂いの元である旭の肌に庸太郎がむしゃぶりつく。しかし彼はすぐに旭の上半身に興味を失ったらしく、乱暴に下半身を剥き出しにされた。
「ふ、ざけんなっ……!」
旭が声を上げても、休日のこんな診察室の周りに人はいない。職員も子供たちも皆、宿舎の方か学習ルームに集まっていた。
「Ωってホントに濡れるんだ」
庸太郎の手が旭の秘所をまさぐる。
「濡れるわけ、ないだろ……っ」
男として前で自慰をしたことはあっても、後ろで快楽を感じたことなど一度もない。しかし庸太郎の言う通り、彼の指はにゅるりと旭の穴の中に飲み込まれた。
「わ、すご……っ」
「やめろって、なあ」
足をバタつかせても、力のない蹴りは簡単に庸太郎の手で止められてしまう。それどころかそのまま足を大きく開かされ、誰にも見せたことのない場所が、明るい昼の室内に曝け出された。
「もう、無理。きっつ……」
庸太郎は手早くジーンズのベルトを緩め、前を寛げた。噂されていた通り、庸太郎のそこは大きく、まだ高校生の若い欲望は腹に付くほどの勢いで反り返っていた。
「っひ……や、め……っ」
怖気付いた旭が悲鳴にも似た懇願を零す。何とか逃げ出そうと身体を捩って這いつくばるが、今度はうつぶせの状態でベッドに押さえつけられた。庸太郎は我慢できないと言わんばかりに、後ろから旭の腰を持ち上げ、その割れ目に自身を擦り付ける。
「狭……っ」
「んなもん入んないって、この……クソα!」
旭の罵倒を嘲るように、庸太郎が腰を前へ進めた。排泄のための器官だと思っていたそこは、まるで最初から男を咥え込むために作られたかのように庸太郎のモノを飲み込んでいく。
「クソ……抜けよ! 死ね!」
庸太郎はもう言葉を紡ぐ余裕もないようで、一番奥まで到達するや否や、すぐにガツガツと腰を振り始めた。その衝撃で、旭の喉の奥から呻き声が漏れる。
「っぐ……何が、α、だ……てめえらなんて、ただのサカった動物だ……っ」
獣のような荒い息を吐きながらカクカクと一心不乱に腰を振る庸太郎に、旭は軽蔑しか抱かなかった。しかし庸太郎はそれを咎めるように旭の中心を握り締めた。
「先にサカったのはΩの方……だろ? ここ、触ってないのにビンビンじゃん」
旭はそれを否定できなかった。内部を太いものでこすられるだけで、そこが全部性感帯になったかのようにじんじんと痺れる。その快感は全て前にある男性器へと集中していた。
「それに後ろ、ぐっちょぐちょ……これ、ヤバい」
庸太郎が腰を振るたびにぐちゅぐちゅと結合部から水音が漏れる。
「ちが、違う……こんなの、俺の意思じゃ……ない」
「でもΩの意思だ」
そこで庸太郎は突き上げの速度を上げた。まるで譫言のように背後から「旭、旭」と名前を呼ばれる。内部を暴れる庸太郎のモノは、いつの間にか亀頭球が膨みつつあり、それが旭の中をコリコリと擦った。
「やめ、ろ……っ! くそっ……」
このままだと亀頭球が引っ掛かって抜けない状態で射精される。αのノッティングという機能を思い出し、旭は悔しさに涙が滲んだ。
「ほん、とに……だめ、だって。このまま、最後までしたら……っ」
発情中のαとセックスすると、確実に孕まされる。そう教えられていた。
しかし完全に我を忘れた庸太郎は、叩きつけるようにピストンを続ける。亀頭球がほぼ限界まで膨らんだかという頃、旭の中に固定された庸太郎の怒張はドクドクと精液を流し込んできた。
「……は、ふ……っ」
男としてのプライドを踏み躙られ、旭は悔しさで歯を食いしばった。長々と精子を注入される感触に、旭の心は嫌がっているのにΩの身体は悦んでいる。身体の表面は熱っぽいのに、胎の中だけが冷えているような、乖離した感覚。
今までずっと、自分がΩであることを否定し続けてきた。自分はβやαと何が違うのかと思ってきた。しかし今、こうして執拗に種付けをされてやっと理解した。
これがΩなんだ。捕まえられて、逃げられない。
結合部から感じる熱が、旭にΩとしての性を焼印のごとく刻み付けていくようだった。
涙を堪えながらいつまでも続く射精を受け止めていると、部屋のドアが勢いよく開いた。ベッドにうつぶせに押さえつけられた旭は、顔だけをそちらへ向けて確認する。
誰か一人、大人の男性と、その周りにいるのは……今日一緒にここまで来たホームの弟分たち。
「旭、なに、してるの……?」
まだ何も知らない無垢な小学生の目が、旭たちの重なった身体を捉えている。旭は堪え切れずにベッドに顔を押し付け、呻き声を漏らした。
向こうで待っていなさい――男性がそう指示する声が聞こえた。パタパタと子供たちが遠ざかる足音がした後、男性が駆け寄ってきて旭から庸太郎を離そうとする。しかし庸太郎の亀頭球でしっかり固定された二人は引き離せなかった。
「クソッ」
男は悔しそうに吐き捨てると、一旦部屋を出て行った。
その間も庸太郎は気にせずにずっと旭の中に精液を注ぎ込み続けている。彼が耳元で何かを囁いていたが、旭の脳はその言葉を理解することを拒んだ。
この後俺は妊娠するんだろうか。庸太郎の子を……。それとも、庸太郎の親父が金を払って堕胎と口止めを要求してくるんだろうか。
ぼんやりそんなことを考えている内に、庸太郎の亀頭球がやっと小さくなり、ずるりと旭の中から抜け出ていった。栓のなくなったそこからは僅かに白いものが流れ出てきたが、大半の精液はこの長い射精時間中に奥の奥まで流し込まれてしまっていた。
腰を掴んでいた庸太郎の手が離れると、旭の下半身はどさりとベッドに落とされる。濡れたシーツの感触で、旭は自分がいつの間にか達していたことを悟った。
「……だからずっと、避けてたのに」
庸太郎がそう呟くと同時に、また誰かが部屋へと駈け込んで来た。
「こっちです」
先程聞いた男の声。シーツに顔を埋めた旭は、もはや助けに来た大人たちのことなど見てもいなかった。やっと治まりかけていた欲情がまたぶり返してきそうになっていて、それどころではなかったとも言える。
声だけ聴いていると、何やら応援に来たβの男たちまでもが旭の発情にあてられてしまっているらしい。ただβ全員に効くというわけでもないようで、一部のβ男性と女性スタッフによって、旭は救急車で病院へと運ばれた。
その後、その異常な発情の強さのために病院で一ヶ月拘束され、さらにその後少しして庸太郎の子を身ごもっていないことも発覚すると、旭は国立ABO研究センターへと送られることになった。そしてその年が終わる前に、とある研究所の地下室へと軟禁されることになる。
広がりかけていた普通の高校生活も、普通の人生も、そこで道が絶たれた。
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