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16.2 一条新の恋人(2)
その日、結局アラタは午後になっても帰ってこなかった。外で昼食を取っているということはすなわち、あの女の弁当を食べているかもしれないということだ。
部屋に一人でいても悶々とそんなことを考えてしまうため、旭は自らエクササイズルームで身体を動かしたいと要求した。旭からの要求が受け入れられるかはいつも半々だったが、今日は幸い手の空いていた研究員がいたため、連れ出してもらえることになった。
目的の部屋に辿り着くと、入ってすぐのランニングマシーンがあるエリアに人は見当たらない。しかし隣の筋力トレーニング用の部屋には誰かいるようだ。旭は大抵ランニングマシーンかエアロバイクしか使わないので、隣の部屋は気にしないことにした。
しかし付き添いで来た男は、入り口で監視を始めるわけでもなく、人の気配のする隣の部屋を覗きに行った。旭も少しそちらへ近付いて耳をそばだてる。
「なあ、まだしばらくここにいるか?」
「どうした?」
「例のΩの見張りを頼みたいんだ。手が空いてるなんて言ったけど、本当は週末締め切りの報告書がギリギリで……」
自信なさげでヒョロリとした研究員は、旭をチラチラ見ながら部屋の中の誰かに懇願した。
「仕方ないなあ」
その言葉の後に何人かの笑い声が聞こえる。隣の部屋にいるのは一人ではないようだ。
「じゃあ頼む。一時間くらいしたら戻る」
旭の付き添い役だった男は、大慌てで部屋を出て行ってしまった。
おいおい、勝手に仕事変わっていいのかよ。随分いい加減なんだな。
旭が心の中で呆れていると、隣の部屋から三人の男が出てきた。研究員のはずだが、普段の白衣などは着ておらず、Tシャツにジャージのボトムスというラフな出で立ちだ。そして研究員という職業はαでも比較的細身のタイプが多いが、彼らは身体を鍛えるのが好きなのか、いかにもαといったガタイだった。
三人揃って見張る必要はないんじゃねーの。
じっとりとこちらを見る彼らの視線を無視しようとしたその時、思ってもいない言葉が飛んできた。
「いきがってみても、女々しいΩはΩなんだな」
「……っ! 何のことだ」
動揺を見せるな。奴らに弱いところを見せるな。
旭の中で何かが警鐘を鳴らす。
「皆見てる。テレビドラマを楽しむみたいに、お前が甲斐甲斐しくαに弁当を作ろうとしたことも、それを断られて半泣きになってたことも」
普段ならどんな嫌味を言われても無視するところだ。だがその言葉を聞いた途端、旭の中に充満していた煙のようなものに火がついて、一気に爆発した。
「そんなんじゃない! 俺は、俺は――」
「あれだけ監視されてるんだ。今更誤魔化すな」
そう言い放った男が口角をニヤリと上げる。理性が止めるより先に、旭は男に掴みかかっていた。
「人をオモチャにしやがって」
「オモチャじゃない、実験動物だ」
見下ろしてくる目がギラリと光ったかと思ったら、旭の手首は簡単に捻り上げられてしまった。
ああ、反抗したらどうなるか分かってたのに。感情的になってキレて、俺は大馬鹿だ。
後悔してももう遅い。男たちは旭の身体を引きずって、機材の入った薄暗い物置部屋へと連れ込んだ。
まだここに入ったばかりの頃、逆らったらどうなるか身体に叩き込まれている。だからこの後起こることも手に取るように分かっていた。
隅にあるマットの上に乱暴に投げされたかと思うと、がっしりとした巨体がすぐにのしかかってくる。一対一ですら敵わないような相手なのに、今は三対一だ。左右にいる二人の男に両手をそれぞれ拘束されてしまえば、もう抵抗する気力もなくなった。
ゴムのウエストになっているスウェットパンツは、男の太い腕によって薄い紙のように簡単にずり下げられてしまう。衣服を片足だけ引き抜かれ、両足を大きく開かれる。恐怖で萎んだ旭のそこが、ニタニタと笑う男たちに丸見えになった。
「惨めだな。お前、どうせあの一条ってαの恋人を見たんだろ?」
「こい、びと……?」
「そうだ。あの男がここの実験に協力するための条件の一つだったんだよ。たまに仕事時間に恋人に会わせてほしい。彼女の作った食事が食べたいってな」
まさか、本当に恋人だったなんて。
頭の片隅では、ただの自分の勘違いだと思おうとしていた。突き付けられた言葉に動転していると、男の手が旭の薄茶色の髪をグイッと引っ張った。
「っ痛……!」
目の前には、露出させられた男の汚いモノ。男はどす黒いそれを旭のピンク色の唇に擦り付け、強引に口内に捻じ込んできた。
後頭部を押さえられていては逃れることもできない。歯を立てればもっと酷いことをされるのは分かり切っている。喉の奥まで突き立てられるそれを、えずきながら受け入れるしかなかった。
「お前、あのαに恋人がいるってまだ信じてないだろ。お前を虐めるための嘘だと思ってる。まだ自分の方が愛されてると自惚れてるんだ」
旭の口の中で、男の欲望がムクムクと大きく硬くなっていく。舌での愛撫もほとんどしてやっていないのに、男は旭への嗜虐心だけで興奮しているようだ。
苦くてしょっぱい味を感じ始めた頃、男は旭の口からそそり勃つモノを引き抜いた。
思い切り息を吸ったせいでケホケホと噎せてから、キッと男を睨み上げた。
「っあ、恋人に会わせろだとか、仕事させろだとか、俺と……恋人ごっこさせろだとか、何であいつはそんなに色々要望聞いてもらえんだよ。おかしいだろ」
「そりゃ、あの男がこの実験への協力要請に中々応じなかったからだ。あの手この手でヘコヘコあいつの条件を飲んだんだよ。確か……お前の名前を出した後だったかな、難色を露骨に示し始めたのは」
男の剛直が旭の頬をペチペチと叩くが、そんなことを気にする余裕はなかった。
「なん、で――」
実験相手があの絵を描いた篠原旭だと知って、彼はすぐに研究協力を受け入れたものとばかり思っていた。
あいつには恋人がいて、俺との実験に参加するのも、本当は何度も断って……。そんな、馬鹿な。
呆然としていると、左右から両膝に手をかけられていた。
「ほら、もうお喋りは終わりだ。便器は喋らない」
両サイドの男によって開かれた股の間に、大きな男の身体が入り込む。男はグロテスクな屹立を旭の白い双丘の割れ目に擦りつけた。
「……っ」
旭の性器は萎えたままで、もちろん後ろは全く受け入れる準備ができていない。乾いたそこに大きな亀頭がギチギチとめり込み、皮膚が裂ける感触がした。
「っあー、きっつ……。毎月ヤられてて、よくこんな締まるな」
「おい、次ちゃんと変われよ」
男たちの会話がまるでどこか遠くから聞こえてくる。無駄な抵抗をやめた旭は、とにかく早くこの時間が過ぎ去るよう念じながら、体内を出入りする異物感に耐えた。
と、その時。物置の引き戸がガラリと開き、蛍光灯の明かりが淫猥な空気の闇をサッと照らした。誰がいるのかは逆光でよく見えない。
もしかして……助けに来てくれたのか?
旭がアラタの顔を思い浮かべた瞬間、入口の男が大きな声を上げた。
「おい、何してる! 旭……!?」
その声は期待したものではなかった。
「よー、たろ……」
驚きで目を見開く庸太郎を前に、旭を押さえ付けていた男たちは舌打ちを残して逃げていった。
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