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19.2 悪夢に堕ちる(2)

 絶望に首を振る旭を、庸太郎が軽々と抱え上げる。どこに連れて行かれるのかと思ったら、庸太郎はすぐベッドの端に腰を下ろし、膝の上に旭を座らせた。後ろから抱き締められながら顔を上げると、アラタが座っている椅子が真正面に見えた。 「一条さんに旭の本当の姿、しっかり見てもらわないとね」  最悪。最悪。どいつもこいつも変態のサディストだ。  心の中でそう叫んで抵抗しようにも、もう身体に十分な力が入らない。  旭を拘束する手は、シャツの下からするりと入り込み、すべすべとした旭の脇腹を撫で上げる。 「……っ」  邪魔な服を首から抜き取った後、彼の手はすぐに旭の下半身へと移動した。  本音を言うと、もう下着の中は窮屈で仕方がない。早く全部脱いで、まずは一回欲望を開放してしまいたい。しかし細い腰を捕らえている魔の手は、旭の身体を少し持ち上げると、ジーンズだけを引き抜いた。 「ここ、まだ触ってないのに」  大きな手が旭の股間をボクサーパンツの上から掴んだ。少し触られただけで、旭のそこは固く芯を持ち、下着にくっきりとした形を浮かび上がらせた。 「旭のパンツ、濡れてきた。白って透けるとエロいよな」  旭はきつく目を閉じて、耐えるように俯く。 「これって旭の勝負パンツだった? 一条さんが発情してくれた時のための」  こんな時までアラタへの好意を揶揄されて、怒りや屈辱が湧き出してくるのに、それも全部劣情と性欲の波がさらっていってしまう。いつもの発情よりも今回はやけに体温が上がっているようで、意識的にはあはあと荒い呼吸をした。 「旭、ここキツいんじゃない? ああ、それとも旭の可愛いサイズなら全然キツくないのかな」  下着にできた染みの下、旭の欲望の先端を庸太郎の指がツンツンと突く。正面にいるアラタからはどんな光景になっているだろうと想像すると、身体がさらに火照った。  この異常な体温の影響か、先ほどから急激に頭が回らなくなってきている。旭の頭の中は、快楽を追うことに支配されつつあった。 「ほら、言わないと何もしないよ」  下着にできた山を布越しに揉まれ、旭は半開きの口から声を漏らした。 「嫌、だ。脱ぎたい。脱いで、触って……」  唇から言葉になって溢れる旭の欲望に、庸太郎は喉の奥で笑った。 「旭の顔、トロトロだ。あの薬すごいな」  僅かに残っていた理性が、先程飲まされた例の媚薬のことを想起する。しかしそれに気付いたところで、今更どうにもならなかった。 「旭、一条さんにも聞こえるように大きな声でお願いしてみてよ」  反射的に顔を上げ、正面のアラタと視線がぶつかる。彼の目はまるで何も映していないガラス玉のように真っ暗だ。  躊躇っていると、旭を急かすように下着の上からそこを扱かれる。 「ゃ、待って……出る……出るから、ぁっあ……、は」  旭はヒクンと身体をしならせて、下着の中に白濁を吐き出した。生地にじわりと水分が浸透していくのを感じながら、乱れた呼吸を懸命に整える。 「うわ、ビショビショ。旭、こんなの履いてて気持ち悪くないの?」  嫌な予感がした。さっさと脱ぎ捨ててしまおうと自分で下着に手を伸ばすも、邪悪な手がそれをがっちりと阻止した。 「ちゃんと言って。『このお漏らししたグショグショパンツを脱がせてください』だからね」  そんなこと言える訳がない。力なく首を振ると、湿った布の上から再び扱かれる。萎えることを知らない発情中のそこは、すぐにまた限界に近付いた。 「このままもう一度パンツを汚すのはかわいそうだから、旭が脱がせてって言うまで待ってる」  彼の手がそこで離れ、旭のモノは濡れた布の下で放置された。自分で触ることもできず、濡れた箇所に空気が当たってスースーと冷える感覚だけが刺激となった。  イキたい。もう何でもいいから、イキたい。  本格的に効果を表した媚薬の力で、旭の理性が崩れ去った。 「……は、っ……脱がせて……ください。パンツ、ビショビショで……また俺のココ、漏らしそうだから……早く」 「じゃあ一条さんによく見ててもらおう」  その瞬間、庸太郎の両手が旭の両膝の裏に潜り込み、グッと上に持ち上げられる。アラタに向かって大きくM字に開脚させられ、酷いことになっている下着も丸見えになった。 「ほら、自分で足開いてて」  言われずとも、旭にはもう抵抗の意思はない。庸太郎は旭の下着に片手をかけ、もう片方の手で器用に旭の腰を浮かせながら下着をずり下ろした。  ジメジメとした窮屈な下着から、旭のモノの先端が弾かれたように飛び出る。庸太郎は旭の足から下着を完全に抜き取り、それを旭本人の目の前に突き付けた。 「見て、前だけじゃなくて後ろの穴のところも濡れてる」  彼の言う通り、後孔の付近も愛液で布の色が変わっていた。 「これ、一条さんにあげようか」  信じられない言葉が聞こえたかと思ったら、白い布の塊がアラタに向かって放り投げられる。それはうまい具合に彼の膝の上に落ちた。 「う、そ……」  旭は呆然と呟いたが、アラタの方は飛んできたものを一瞥しただけだった。その隙に背後からカチャカチャとベルトを外す音が聞こえる。彼はそのまま旭ごと身体を浮かせて、下半身の衣類を少しだけずり下ろした。 「旭のココ、もう準備できてるよね」  大きく開かれた足の中心にある窄まりに、彼の無骨な指が伸びる。媚薬の効果でそこはもうたっぷりとぬめっていた。  臀部に当たる庸太郎の中心も、旭の発情にあてられて固く勃ち上がっている。彼はそれで旭の入り口付近をヌルヌルと擦った。 「旭、入れて欲しかったら、分かるよね?」  早く欲しくて堪らない――Ωの本能が媚薬によって何倍にも増幅されている。タガの外れた旭の唇は、欲望のままに言葉を紡いだ。 「入れて、庸太郎の大きいの……俺の中に来て」  すぐ後ろで恍惚とした溜め息が聞こえ、入り口付近を擦っていた欲望の先端が、旭の中ににゅるりと侵入する。しかし彼はそこでさらに焦らし、中々奥へと来てくれない。もどかしくなった旭は自ら腰を落とそうと悶えた。 「早く、奥まで来て。いっぱい突いて、俺の気持ちいいとこ、めちゃくちゃにして」  我を忘れて腰をくねらせると、耳元に彼の笑った吐息がかかった。 「……だそうですので、一条さん。ヤッてもいいですよね」  その瞬間、消え去りかけていた理性が奇跡的に機能した。 「ちが、違う、俺は――」 「分かってる。Ωだから発情するのは仕方ない」  庸太郎は、白濁で汚れた旭の性器を宥めるように撫でた。 「俺もαだから、こうなるのは仕方ないんだ。俺の理性もそろそろ限界……いや、とっくにぶっ飛んでるからこんな酷いことができるのかな」  言葉の穏やかさとは裏腹に、彼の熱いモノが旭を奥まで一気に貫いた。その衝撃で旭の先端からはまた少量の白い液体がピュクッと漏れ、庸太郎の手を汚した。 「ほら旭、一条さんに繋がってるとこ見せて。そうすれば、彼もαの本能を思い出すかもしれない」  庸太郎は汚れた手もそのままに、両手で旭の足を大きく開かせる。二人の結合部分をアラタにハッキリと見えるようにしてから、旭の身体を上下にゆさゆさと揺らした。 「嫌だ、見るな、俺は……ぁ、あ」  自分が何を言おうとしたのかも分からないが、その言葉はすぐに喘ぎ声にかき消される。庸太郎は下からズンズンと奥を突きながら、的確に旭の前立腺を攻め立ててきた。 「旭のためにちゃんと練習した甲斐があった。あの時は初めてで無我夢中だったから」  そう自負する通り、彼は今までの誰よりもうまかった。戻りかけた理性がまた陣地を縮小し、快楽が頭を制圧し始める。 「ねえ旭、俺上手になったよな? どんな感じか教えて?」  二人の繋がったところからは、ぱちゅんぱちゅんと激しい水音が聞こえている。もう既にぐちゃぐちゃなのだから、後はどうにでもなってしまえと後押しされているような気がした。 「ふぁ、あ……庸太郎の、おっきいのが、俺の中、ぁっ、あ……気持ちぃ、から、もっと……」  旭のおねだりに気を良くしたらしく、庸太郎は下からの突き上げを激しくした。抽挿に合わせてはあはあと息を荒げながら、何も考えられなくなってくる。旭は宙に放り出されている爪先を痙攣させて、何度も達した。 「旭のコレ、垂れ流しでもったいないね。一条さんにあげようか」  彼の言葉の意味が分からない。中で庸太郎の亀頭球が徐々に膨らみつつあるのを感じながら、旭の欲望がまた解放を求め始める。イキそうになって庸太郎のモノを締め付けると、彼の手が旭の茎に添えられた。  何をするのか朦朧とした意識の中で考えても見当がつかない。彼が旭の銃身を正面にいるアラタに向けた瞬間、やっとその意図が分かり戦慄した。 「ゃ、だ……! 駄目、だ……っ」  抵抗も虚しく、旭のそこからは勢いよく数滴の白濁が放出された。だがそれは当然アラタまで届くことはなく、彼とベッドの間の床にパタパタと落ちた。 「残念。旭の気持ちは一条さんには届かなかったみたいだ」  羞恥なのか何なのか分からない涙で視界が歪むが、決してその水滴が頬に零れないように堪えた。それでも眉一つ動かさないアラタは、まるでマネキンかロボットのようだ。  俺のことが好きなら助けろよ。嫉妬して怒って、こいつをぶっ飛ばしてくれよ。  旭の願いも身体の熱も、氷のように冷たいアラタの視線を溶かすことはない。 「だからさ、旭は俺にすればいいんだよ。旭が抱き締めてほしい時、俺ならちゃんと抱き返してやれるんだから」  そう言って庸太郎は旭の身体をきつく拘束すると、旭のことなどお構いなしにピストンを早めた。 「ぁ、っあ、ん、あっ、ぁ……」  呻き声なのか喘ぎ声なのか分からない途切れ途切れの声が旭の口から漏れ続ける。庸太郎の固い先端にゴリゴリと性感帯を突き上げられながら、射精もせずにずっと達しているような感覚だ。蠢く内壁で意図せず中の剛直を絞り上げると、庸太郎のモノが大きく痙攣し、旭の胎内に彼の種がたっぷりと注ぎ込まれた。  はっはっと全力疾走した後のような荒い息をつきながらも、彼は旭を抱く力を緩めなかった。まるで途中で誰かに妨害されるのを恐れているかのように。  旭の中の彼のモノは時折ビクビクしながら、精液を送り込み続けている。やっと息を整え始めた庸太郎は、満足気に笑った。 「旭は、毎月違う男と実験をしてきたって聞いたんだ。つまり、全員一回きり。今この世界で旭と二回セックスしたことがあるのは、俺だけってことだよな」  どうやら旭にとっての特別な何かになれたと勘違いしているようだ。  何がどうなろうと、俺の心がお前のものになるわけないのに。  媚薬でおかしくされていても、理性は冷静に彼を拒否していた。いつもと同じように、旭の下腹部は変に冷え切っている。迸る彼の熱い欲望とは裏腹に。 「旭、好きだよ。旭が種付けされてるところ、一条さんにしっかり見ててもらおう」  僅かに白い液体が漏れ出ている二人の結合部を、庸太郎が一度下から突き上げる。ぶちゅり、という空気交じりの水音は、きっとアラタの耳にも届いただろう。  庸太郎はまだ荒い息を吐きながら旭の下腹部を愛おしそうに撫で回している。この行為で旭が妊娠すると本当に信じているのだろうか。射精が終わり切るまで三十分ほど、彼の腕も亀頭球も旭を逃すまいと必死で、旭はどこか他人事のようにそれを憐れんでいた。  やっと一回戦が終わった後、庸太郎は旭の身体をベッドに横たえた。 「今夜は一晩中旭の相手をしていいって言われてるんだ。旭の発情に合わせて朝までずっと……仲良くしよう」  彼はそう言いながら、白衣や衣服を脱いでいる。それは即ち、アラタも朝まであそこに座らせるということだろうか。  アラタの方をチラリと見ようとしたその時、裸になった庸太郎が覆い被さってきた。 「旭はそんなに一条さんが気になるのか?」  見上げた彼の顔は逆光で影になっている。そのためよく見えないが、彼の口の端が一瞬邪悪に歪んで見えた。 「なあ、彼は母親も弁護士だってことは聞いてるか? 一条瞳子(とうこ)さんって言うんだけど」  突然なぜそんな話になるのか分からない。ポカンとする旭の前髪を優しく梳きながら、彼は先を続けた。 「君の両親を殺した事件の犯人――あの男を裁判で無罪にした弁護士が、その一条瞳子さんだよ」  両親の死に顔。伯父から犯人の無罪判決を聞いた時の薄暗い面会室。  旭の脳にある写真がいくつもいくつも溢れ、処理が追いつかなくなる。耳元でシンバルを叩かれたように、頭がグワングワンと震えて視界が回る。  庸太郎の身体に抱き締められて、旭は無意識にその胸に縋り付いた。相手が庸太郎だろうがもう誰でもいい。ただそうしていないと意識がどこかへ飛んで行ってしまいそうだった。

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