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第4話
部屋の奥に、暖色の光に照らされた寝台があった。白い布が張られ、そこからかすかなうめき声が聞こえる。
寝台に横たわっているのはコランだ。小柄な体に有り余るほどの欲望に翻弄され、シーツを乱しながらのたうち回る。荒い呼吸に合わせて、白い顔は紅色に上気する。股座には華奢な体には不釣り合いな大きさの肉棒が、下履きを突き破らんばかりにいきり立っている。
ふいに寝台の上に影が落ちた。影の持ち主に目に留めると、くるな、と呻いた。その者はコランに従うどころか寝台に乗り上げた。そして息を荒げるコランの顔を覗き込む。
「イアラン・・・・・・」
「あなたを慰めるお許しをいただきました」
イアランは腰に巻きつけた薄衣以外、何も身につけていなかった。それを解いて敷布の上に尻をつく。褐色の脚を開き、塗り込められた香油の輝きで縁取られた肉輪を晒す。
「どうぞこちらへ。存分にお使いください」
イアランの青い目は、本当にサファイアになってしまったかのように温度を感じない。なのに薬でも使われたのか、イアランの中心は張り詰めていた。
コランの目の前あるのは、イアランの形をしたただの肉の器だ。
イアランを物のように扱う身内やイアラン自身に対し、コランの身体に怒りが迸った。
「誰の命で来た!クロムか?!」
「私の身体が一番都合がいいです。並の人間より強くて竜人より弱い。あなたを壊さない」
イアランがここにいるのは自分の意思だと分かった。しかし、それはただ命じられたからだ。
コランは俯き、いやだ、と小さな声で呟いた。
「僕はこんな風にお前と結ばれたかったわけじゃない!」
本能に流されるまま抱いてしまいたくなかったし、イアランには命令ではなく自ら自分を求めて欲しかった。
コランはイアランを押し倒す。逞しい身体に浅ましく腰を擦り付けてしまう自分が呪わしい。馬乗りになったまま顔を両手で挟み込み、サファイアの目に語りかける。
「言ってくれイアラン。お前が望むことを。嫌なら今すぐ出て行け」
イアランは瞬きを繰り返す。それから眉を少しだけ顰めた。
「・・・・・・わかりません。望むことは、ありません」
僅かな戸惑いが表情に薄く乗る。本当に分からなかった。望むことなど聞かれたことすらなかった。期待するのもとうの昔にやめていた。けれどもコランといるときは、その気持ちが心の底からじわりと染み出してくる気がするのだ。だがきっとそれに身を任せれば、もう元の自分には戻れない。
裸の身体は冷え切って、イアランの顔から力が抜け、感情が抜け落ちていく。引き留めるようにコランは手を伸ばし、イアランの頭を包み込むように抱きしめる。
コランの鱗はヒヤリと冷たかったが、やがてその下の皮膚から体温がゆっくりと染み出てくる。折れそうなほど細いのに、コランの腕の中は暖かかった。
「お願いだ、言って、イアラン」
イアランの全身が粟立った。寒さのせいではない。本当に欲しかったものを自覚してしまった。
物心ついてから誰かに抱き締められたのは、これが初めてだ。誰からも守られないまま大人になり、ますますぬくもりを与えてくれる者は減った。
けれども、コランは惜しみなく褒めて甘やかしてくれた。感情の機微を読み取り、自分でも聞き逃してしまうくらい小さな心の声を言葉にしてくれた。そのまま心地よさに溺れてしまいたい欲求が湧き上がるが、コランは自分より年下であるし見た目はまだ十代前半の少年だ。自分が庇護するべき存在で、寄りかかることは許されない。
なのに、イアランはコランの腕の中で肩を震わせていた。縋るようにコランのシャツを掴む。こぼれ落ちそうなほど水を湛 えたサファイアブルーの目は海のようだ。
「おれ、は・・・・・・あなたに、愛されたい・・・・・・っ」
イアランの青い眼から海が溢れた。
「おれはあなたが欲しい」
イアランは震える手でコランの頬に手を伸ばす。
「ぜんぶ、捧げます。身体も時間も。一生奴隷でもいい。どうか、そばにおいて」
コランの口付けが、言葉を遮った。唇が離れると、イアランは涙を流したままぽかんと口を開ける。
「お前は本当にいじらしいね」
コランは目元と口元に弧を描いた。
「愛しているよ、イアラン」
イアランの顔は子どものようにくしゃりと歪む。
褐色の胸板に頬を擦り寄せながら、白く華奢な手が腹筋に覆われた腹を撫でる。
「僕も今すぐお前が欲しい」
コランが起き上がりイアランの膝を掬うと、イアランは自ら腰を上げた。コランはふっと笑みを漏らし、震えるほど張り詰めた陰茎をイアランの中に沈めていく。
イアランの中は暖かく、弾力のある肉壁が押し寄せ締め付けてくる。ああ、と悲鳴に似た声が上がり、コランの身体に絶頂が駆け抜ける。愕然としつつも快感の名残りが身体をぶるぶると震わせた。
一旦離れようと腰を引くも、イアランの脚がコランの身体を引き寄せる。
「嫌です。離れないで」
目を潤ませ熱い吐息を吐くイアランに、コランの理性は弾け飛ぶ。頭が真っ白になり、夢中でイアランの中を貪った。華奢な体のどこにこんな力があるのかというほど、激しく腰を叩きつけ、肉棒を擦り付け、その奥で何度も射精した。
身体をのけぞらせ喘ぐイアランを心配する余裕はなく、許しを乞うようにただ名前を呼ぶ。
やがて体力が底をついたコランは、イアランの上に倒れ込んだ。疲労困憊になっても陰茎は勃ちあがったままで、貪欲に快楽を求めて疼いている。下半身が自分とは別の意思を持つかのように腰が勝手に動き続けた。
すると、イアランはコランの身体を抱きしめ起き上がる。コランを仰向けに寝かせると、熱のこもった目で問いかける。
「まだ、おれがいりますか」
コランはなんのことか理解が追いつかなかったが、イアランがいらなくなることなどない。息を乱しながら頷いた。
イアランはコランの陰茎をそっと持ち上げ後孔に当てる。白濁を溢れさせながら陰茎を飲み込んでいくさまはとてつもなく淫靡でコランの喉が鳴る。
あっという間にすべて飲み込むと、イアランは全身を上下させコランの中心を愛撫し始めた。褐色の肌には汗が滴り、イアランの陰茎からも透明な液が流れていた。律動に合わせて陰茎が揺れるたび雫が散る。
歯を食いしばる顔は苦しみによるものなのか快楽によるものなのか、経験がないコランにはわからない。
「あ、あ、コラン、さま。お許しください。もう・・・・・・っ」
イアランの背中は弓形になり、陰茎から精液が飛び出した。コランの腹に白濁がまだら模様を作る。
イアランはすみません、と言いけたが、コランに腕を引かれのしかかる形になった。華奢な身体を押し潰してしまうそうで起きあがろうとするも、コランの腕は首に絡みついてくる。
「嬉しいよイアラン」
イアランも快感を感じていることが、求めてくれたのが嬉しかった。
目が合うと唇が惹かれあった。口付けを交わしながらお互いの身体をまさぐる。身体も心も一つになっていくのを確かに感じ、お互いを満たしていった。
クロムは閨から声が聞こえ始めると、そこを後にした。あとは天に任せるしかない。
クロムはセオドラ王国きっての戦士で王の跡継ぎであった。無関係の人間を人柱にしてしまったことでその矜持が崩れそうになる。
しかし、クロムの五人いたきょうだいは暗殺や戦で若い命を摘み取られ、残るはコランだけになってしまった。たった一人残った弟を失いたくなかったのだ。
城の誰もが眠れぬ夜が明けた。閨からは物音一つしなかった。医師や侍従たちはみな悲愴な面持ちで扉の前に立っている。
クロムはアイアンに手をかけ扉を開け放つ。黒い巨躯と白く華奢な身体が、乱れた寝台の上で寄り添っていた。しんと静まり返る中、白い睫毛から赤色が、褐色の厚い瞼から青色が覗く。
侍従たちに安堵の輪が広がり、瞳を涙に潤ませる者もいた。クロムも溜息を吐き、ようやく表情を緩めたのであった。
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