自席に足を進めながらも、俺の意識は愁実へと向いていた。 「清白。頼むから見せて？」 　呼ばれた名に、友人の１人、泊里(とまり)へと瞳を向ける。 　目の前で両手を合わせ、俺を拝む泊里。 　宿題を見せてくれとせがまれ、俺は愁実たちの会話に聞き耳を立てながら、ノートを雑に机の上に置く。 「さんきゅ～」 　いそいそと俺のノートを開き、内容をまるごと複写する泊里。 　始めから俺のノートを当てにし、自分で課題を片付けてくるつもりなど、更々ない。 　こんな写すだけの作業じゃ、身につくわけもない。 　だが、これで黙ってくれるなら、俺はそれでいい。 　ゆっくりと愁実たちの話に、没頭できる。 　周りで友人が何かを話していたが、俺は愁実たちの会話だけに耳を傾ける。 　俺と愁実の関係は、単なるクラスメイトに過ぎない。 　２年に進学したクラス替えで、一緒になった愁実。 　一目で、心を奪われた。 　柔らかそうな少し茶色がかった猫っ毛は、中途半端に長く、無造作に結ばれている。 　ふわふわと揺れるその毛束は、動物の尻尾のようにも見え、愛らしい。 　垂れた目尻に薄い唇、陶磁器のような白い肌は、儚げな雰囲気で色気すら感じる。 　俺とは違う柔らかな空気が、人当たりの良さを醸していた。 　愁実の家は、一般家庭に当たる。 　奨学金制度があるこの学校には、普通のサラリーマン家庭の子供もいる。 　奨学金制度を利用し通っている奴らの学力は、ずば抜けている。 　制度を利用するには、金で入学した俺たちよりも上の頭脳が必要だからだ。 　でも、彼らはその頭の良さを、ひけらかしたりはしない。 　バックボーンがちらつく俺たちの関係とは違い、愁実の周りにいる奴らは、金や権力に靡かない。 　愁実個人に惹かれた者たちが、彼の周りを囲っていた。 　当の愁実は、たわいのない雑談であり、特別な話はしていないという空気感だったが、急な暴露は瞬間的に場の空気を凍らせた。 　今まで、そんな素振りすら見せていなかった。 　何がきっかけで、カミングアウトをしようと思ったのかは、わからない。 　刹那の空白を乗り越え、愁実と同じ輪の中にいる１人が口火を切る。 「マジかっ。早く言えよ」 「いや。言ったら、こうなんだろ？」 　疲れたように紡がれた愁実の声に、俺は周りの反応を、ちらりと盗み見る。 　ぽかんとする者、瞬きを繰り返す者、顔を引き攣らせる者、反応はそれぞれだ。 「だって、こんなん見ても、なんも思わねぇんだろ？ 逆にキモいとか思ってたんじゃねぇの？」 　きゅっと眉間に皺を寄せた話の中心にいる人物が、愁実の顔色を窺うように表情を曇らせた。 「キモいとかねぇよ。なんも思わねぇだけ。てか、お前らの方がオレのコト、キモいとか思ってんじゃねぇの？」 　投げ捨てるように言葉を吐き俯く愁実に、隣に座っていた男が、がばりと後ろから抱きついた。 「キモくない！ オレたちの友情は、変わらない！」 　猫が親愛を示すかのように、ぐりぐりと愁実の頭に頬を擦りつける男。 　安堵と鬱陶しさが入り雑じった愁実の声が届く。 「わかった、わかったから。離れろよっ」 　抱き締めてくる腕から逃げようと暴れる愁実に、周りの友人たちの笑い声が降り注いでいた。