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第3話 恋へと昇華する

 俺の心は、ずっとずっと揺れていた。  小学校に上がる頃には、自分が好意を(いだ)く相手が同性ばかりだと気づいていた。  中学の頃には、性的な興奮を覚える肉体が柔らかそうな女性ではなく(しな)やかな男性だと認識した。  カミングアウトには、挙げ出したらキリがないほどの不確定な不安要素が含まれる。  気味悪がられるかもしれない。  嫌悪されるかもしれない。  好奇の目で見られるかもしれない。  それならば、しない方がいいと結論づけそうだが、隠し続けるというコトは、それを凌駕するほどの息苦しさも伴う。  女性に恋をしているフリ。  グラビアに興味があるフリ。  皆と一緒なのだと、普通のフリ。  胸の中は、いつでも相反する気持ちが(しのぎ)を削っている。  素直に曝け出してしまいたい自分と、皆に紛れて誤魔化し続けるコトを選ぶ自分。  恥ずかしいコトだとは思わなかったが、大っぴらには出来なかった。  逸脱し、悪目立ちするコトを避けたかった。  清白という家柄も、邪魔をする。  清白の人間に、自由な恋愛は許されない。  異性との恋愛すらも許されないのに、同性に憧れるなど以ての他だ。  ただでさえ目立つ家柄に、マイノリティなこの性癖を上乗せし、好奇の視線を浴びるのは御免だ。  黙っていても、権威や金を目当てに近づいてくる輩がいる。  そいつらにとって俺の性癖は弱みとなり、つけ入る隙となる。  俺は完璧でいなくては、いけなかった。  目立たぬように、マジョリティに化け、周りに紛れて溶け込むように生活していた。  自分の気持ちを誤魔化し、嘘を吐く俺。  それでも、普通にさえ見えれば、それでよかった。  俺の心が(ひず)んでも、外からの見映えさえよければ、難なく暮らせた。  愁実は、〝お前はおかしいのだ〞と爪弾きにされるコトを怖れていない。  周りにどう見られるかという体裁など、微塵も気にかけない。  〝普通〞という檻の中で歪む心に苦しくなるくらいならば、素直でいたいと思い至り、曝け出したのかもしれない。  少しだけ気になる存在だった愁実の真っ直ぐさに、ぼんやりとしていた俺の気持ちが輪郭を持つ。  周りに流されず、凛としている愁実の姿が、格好良く見えた。  俺の愁実への想いが、恋へと昇華した瞬間だった。  愁実のためならば、〝普通〞になど見えなくてもいい。  心に嘘を吐かず、この想いを貫きたいと思えた。

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