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第9話 悪魔の囁き

 頭を撫でられた日から、数日。  音楽室への移動教室の途中、階段を降りきったところで、背後から腕を引かれた。 「……っ」  焦るオレを尻目に、そのまま階段下のデットスペースに引きずり込まれる。  驚きに向けた視線の先には、にこりと笑う郭遥の顔。 「清白……」 「なんで、名字呼びなんだ?」  この前は〝郭遥〞って呼んでくれただろと、不思議そうな顔をされた。  周りに視線を配った郭遥は、身体を入れ替え、オレをデットスペースの奥へと追いやった。 「こうでもしないと、俺と話してくれないだろ?」  避けていたのは、事実だ。  急に仲良くなったコトを突っ込まれ、無意識に郭遥から逃げていた。  ゆるりと近づく郭遥の顔。  当たり前のようにキスを仕掛けてくる郭遥の唇を掌で覆い、顔を後ろへと引き、距離を取る。  距離と比例するように、郭遥の眉間には皺が寄った。  不満げな郭遥の視線から逃げるように瞳を逸らせ、口を開く。 「お前、許嫁いるんだろ?」  喋るコトを阻害する俺の手を剥がした郭遥は、腹立たしげな音で言葉を紡ぐ。 「だから?」  許嫁がいるコトが、なんでキスを拒む理由になるのだと言いたげに詰められた。  それがなんだと言わんばかりの郭遥の態度に、思考が瞬間的に混濁する。 「だから……」 「あんなのは親が勝手に決めたものだ」  言い淀むオレに、薄く瞳を閉じた郭遥の顔が近づき、はむりと唇を食べられた。  親が勝手に決めたコトなのだから、許嫁など(ないがし)ろにしても良いなどと考えるのは、屁理屈も(はなは)だしい。  だけど。  何度も重なる唇は、オレの真っ当な思考を簡単に打ち壊していく。  ちろりと侵入してきた舌が、頬裏を這い、上顎を擽る。  口腔内と一緒に擽られるオレの胸。  ぞわぞわとする興奮感に、流されてしまえと悪魔が囁く。

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