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第10話 洩らしてはいけない秘め事

 考えなければ、良い。  今、この瞬間の幸せに埋もれてしまえばいい。  好きな人から注がれる欲情を、なにも考えずに享受してしまえばいい。  オレの口腔内を這い回る郭遥の舌を、じゅっと吸ってやる。  くすりと笑った郭遥は唇を離し、オレの頬にちゅっとキスを見舞う。  じんじんとする唇を手の甲で隠し、口を開いた。 「オレの周りには、オレが一方的に憧れているってコトにしてるから」  ぼそりと放ったオレの声に、郭遥は訝しげな空気を醸す。  キスの余韻が、オレの頬を赤く染める。  恥ずかしさに郭遥の顔を見れず、俯いたままに言葉を足す。 「オレがそうだってのは、自分でカミングアウトしたから周りに知られても不都合はないけど、お前は困るだろ? アウティングするつもりもねぇし……」 「別に俺は、知られてもかまわない」  苛立ちの混じる声で放たれた郭遥の言葉に、視線を上げた。  自分が周りからどう見られようが、気に留めるほどのコトじゃないと、郭遥の真っ直ぐな瞳がオレに刺さる。  そのくらいのコトで、自分の立場が揺らぐはずもなく、見くびるなとでもいうように、じっと見詰めてくる郭遥の視線に、責められているような居心地が悪さを感じた。 「そんなわけないだろ。スズシロの御曹司が、…なんて、ちょっとした……いや、かなりのスキャンダルだろ」  真正面から威圧するようにオレを見下ろす郭遥の身体を手で退け、階段下を抜ける。  オレとのこんな関係が、許嫁の耳に入るのも不味い。  郭遥は、きっと女とも恋愛ができる…、バイなのだろう。  将来は、どこかのご令嬢と結婚し、幸せな家庭を築く。  その時、過去であったとしても、オレという存在は相手に無駄な疑念を与えてしまう。  女だけを警戒するのではなく、生きている全ての人間を疑いの目で見るようになるだろう。  幸せな郭遥の未来に、いつ弾けるかもわからないオレという爆弾を残したくはない。  オレに退けられ、棒立ちになっている郭遥を振り返り、言葉を足す。 「オレのコトも今まで通り、名字呼びにして。学校では今まで通り、挨拶をするくらいの仲のままでいようぜ」  オレの提案に、郭遥は不服げに顔を歪めた。  世間体が大事な大企業の御曹司。  郭遥自身が気にしなくとも、周りはあるコトないコト騒ぎ立てるだろう。  上位にいるからこその余裕が、重箱の隅をつつくハイエナの餌となる。  世間体など関係のないオレとは、立場が違う。  郭遥は空に浮かぶ、誰の手も届かない憧れの雲だ。  オレのような地を這いずる泥とは違う。  郭遥とオレの境遇には、雲泥の差があるんだ。  空を揺蕩う雲である郭遥が気づけないのであれば、地につく足で僅かな揺らぎすら感じられる泥のオレが、守るしかない。  オレたちの関係は、洩らしてはいけない秘め事なのだ。 「オレたちだけ、…2人だけの秘密なんて、なんか興奮しねぇ?」  にたりと、狡く笑ってやった。  付き合えなくても、秘密の関係だとしても、通じあった想いは、オレの心に幸せをもたらした。  少しでも長く、少しでも傍に居たくて、学校を去るコトが惜しくなる。  贅沢できる余裕はないが、生きていけない訳じゃない。  オレは、学校を辞めるという決断を先へと延ばした。

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