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第15話 冷める前に食え
「す…、郭遥……?」
小さな声で呼ばれ、俺は奥のスペースから出て愁実の前に姿を見せる。
きょろきょろと辺りを見回していた愁実は、俺の姿に安堵するよう息を吐いた。
しっかりと髪も乾かし、濡れていたときの色香は鳴りを潜めている。
ただ、サイズ違いの俺の服を着た愁実は、堪らなく俺の心を擽った。
「置いてかれたのかと思って、ちょっと焦ったわ……」
不安の淀む声を放った愁実は、自嘲気味に笑い、言葉を足す。
「てか、オレの服、なくなってんだけど?」
首を傾げてくる愁実を、ゆったりとした動きでダイニングテーブルへと導きながら、口を開いた。
「びしょ濡れだったからな。乾かしてもらっている。その間に、少し腹拵えしないか?」
ダイニングの椅子を引き、エスコートするように愁実に着席を促す。
少しだけ戸惑うような空気を醸した愁実は、大人しく席につく。
俺は、向かいの席に腰を据えた。
会場では、挨拶ばかりでろくに食事が取れなかった俺は、膝の上にナフキンを広げ、温かなパンをひとつ手に取り半分に千切った。
オニオンスープの隣に置かれている皿に、パンを乗せ、バターケースに手を伸ばす。
目の前で、スープにもパンにも手をつけない愁実。
「腹、減ってなかったか?……オニオンスープ、嫌いだった?」
問う俺に、愁実は困ったように眉を寄せる。
「ぁ、いや……。マナー、わかんなくて」
恥ずかしそうに頬を掻く愁実。
俺は、そんな愁実の言葉を笑い飛ばす。
「マナーなんて考えなくていい。俺とお前しかいないんだから」
俺はあえて、皿の上に置いたパンを取り、がぶりと噛み千切り、にたりと笑んでやった。
俺の粗暴な仕草に、瞬間的に目を丸くした愁実が可笑しそうに、くすくすと笑う。
「…強いて言うなら、冷める前に食えってコトくらいだ」
もそもそとパンを咀嚼しながら、言葉を加えた。
「いただきます」
肩の力が抜けた愁実は、身体の前で手を合わせ、スープ用のスプーンを手にオニオンスープを一口啜る。
「………ぅまっ」
意図せずに零れたのであろう愁実の呟きに、頬が緩んだ。
「おかわり欲しかったら、古原…、玄関にいた彼女、呼ぶから。遠慮なく言ってくれ」
「ん、あぁ……」
発してしまった声が恥ずかしかったのか、游ぐ瞳を隠すように小さく声を返してきた愁実は、食事を進めた。
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