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第16話 おかしなコトなど、なにもない
最後のパンの欠片を口に放った愁実は、〝ご馳走さま〞と手を合わせた。
「まだ、乾いてないかな?」
腹が満たされ眠気が襲ってきたのか、愁実は欠伸を噛み殺しつつ、言葉を紡いだ。
着ている俺の服を摘み、首を傾げる愁実。
俺は、衝立へと視線を飛ばし、口を開く。
「たぶん、まだ。少し寝るか?」
言葉に愁実は、困ったように視線を游がせた。
まるで照れているようなその仕草に、ピンとくる。
眠いのなら睡眠をと純粋な気持ちで問うた俺の言葉を、愁実は下心と受け取ったのだろう。
誤解しているのなら、正さずにその流れに乗ってしまえばいい。
ゆるりと椅子から腰を上げ、愁実の後ろに回った。
視線で俺を追う愁実を、後ろから抱き締める。
瞬間、愁実の身体に緊張が走る。
「添い寝…、してくれないか?」
耳許で囁く俺の言葉に、愁実の動揺が酷くなった。
俺は、獣じゃない。
始めから〝セックスをしよう〞と誘うのは、がっついているようで、いただけない。
それを恥ずかしいと感じる程度の理性は、保っている。
赤く染まった愁実の耳が、俺を惑わせる。
そわりと背を撫でる興奮に、耳たぶに唇を落とした。
ちゅっと響いたリップ音に、正気を取り戻した愁実が、抱き締める俺の腕を引き剥がす。
腰を上げた愁実は、俺の腕の囲いから逃げ、距離を取る。
「……やっぱり、オレとこんなコトするのは、おかしいって」
残念そうに困り顔の笑みを浮かべる愁実に、眉根が寄った。
「おかしい…?」
「オレたちは男同士で、お前には許嫁がいるんだろ。オレと、なんて……」
見ているコトが辛いというように、愁実の瞳が逸らされる。
ぼそぼその紡がれた声は、力なく床へと落ちていく。
やっぱり、納得していなかった。
〝2人だけの秘密〞などと特別な感じを出していたが、それは体のいい断りだ。
誤魔化し、はぐらかされたに過ぎない。
許嫁がいるから、好きなヤツと一緒に居られないなんて、馬鹿げている。
あれは、親が勝手に決めたもの。
そこに俺の感情など1ミリも考慮されてない。
好きでも嫌いでもない…顔すら知らない人物を相手に、貞操を守る意味など、…自分の気持ちを捩じ曲げる必要など、どこにあると言うんだ。
「俺が好きなのは、お前だ」
愁実の腕を掴み、身体を寄せる。
迫りくる俺の圧に、愁実はじりじりと壁へと後退する。
壁と俺の間で逃げ場をなくした愁実は、意識だけでも逃がそうとするように、顔を背ける。
「キスもセックスも、好きなヤツとしたい。……俺が好きなのは、愁実、…お前だ。なにもおかしなコトなんてないだろ?」
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