28 / 115

第28話 損得勘定で成り立つ社交

 図書館から帰った俺に、〝書斎に来るように〞と父からの(ことづ)けを伝えてきた古原。  軽く手を上げた俺は、そのまま書斎へと向かった。 「友人は選べと言ってあったはずだが?」  書斎に入った瞬間、父の不機嫌極まりない声が飛んできた。  身体を包み込むような柔らかな革張りの椅子に座り、アンティークの重厚な机をトントンッと忌まわしげに指で弾く父。  その横には、きっちりとスーツを着込み、銀フレームの眼鏡の奥から冷たい瞳を向ける近江の姿があった。 「なんの話しですか?」  臆するコトなく紡ぐ声に、父の瞳がぎろりと俺を一瞥する。  ()かさず、父の横に立っている近江が、机の上にするりと何らかの報告書であろう紙を忍ばせる。 「愁実 任。こんな底辺層の人間は、清白家の友人としては相応しくない」 「友人に、相応しいも相応しくないも、ないと思います。それに……」  物怖じせずに異を唱える俺。 「なんの利にもならん人間に振り撒く愛想など、いらん」  〝友人ではなく恋人だ〞と、続けようとした言葉は、父の声に上書きされ、阻まれる。  社交のすべてが、損得勘定の上に成り立つ父。  母との間にも、1ミリの情すら存在しない完全なる政略結婚だ。  俺の許嫁だって、医療業界へのパイプを求めてのものだ。 「利益なら、ありますよ」  俺の言葉に、父の眉が訝しげに歪んだ。  馬鹿なことを抜かすなとでも言いたげに、呆れに塗れた瞳が俺を見やる。 「明日、食う金にすら困っているような貧乏人だぞ? お前に近づいたのも、どうせ金目当てだろ」  利益などあろうはずがないと、父は俺の言葉を一蹴する。 「愁実は、〝友人〞ではなく〝恋人〞です。近づいたのだって、俺だし。惚れてるのも……」 「男同士で、恋人だと?」  最後まで聞く耳を持たない父の声が、再び俺の言葉を遮断する。  不機嫌な感情を隠そうともせずに寄った父の眉根は、すぐに力が抜かれ、呆れの混じる嘲笑が続いた。 「お前は、なにを馬鹿げたコトを言ってるんだ?」  事実を鼻であしらった父は、言葉を繋ぐ。 「お前には、神楽 澪蘭という許嫁がいるだろう。男に惚れたなどと気持ちの悪いことを抜かすな」  虫酸が走ると、父は顔を歪めた。

ともだちにシェアしよう!