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第30話 心置きなく会える空間

 2学期が始まり、10月には中間テストが待っている。 「なぁ。ここ、どうなってんの?」  泊里が俺のノートを指差しながら首を傾げた。  授業もろくに聞かず、課題はいつも俺のノートを写すだけの泊里。  1学期の期末テストも赤点すれすれで、やっと勉学に励む気になったらしい。 「ここは、この公式」 「なんで?」  使用する公式を教えてやった俺に、泊里はその根拠を問うてくる。  根拠など考えず、この形の場合、この公式でとしか覚えていない俺は、返答に詰まる。 「愁実」  タイミングよく、側を通りかかった愁実を呼び止めた。  きょとんと俺を見やる愁実。 「ここ、この公式使うだろ? なんでか説明できるか?」  とんとんっとノートを叩く俺の斜め後ろに回った愁実。  まとめきれていない髪が、はらりと落ちる。 「ここは……」  落ちてきた髪を耳にかけつつ、ノートを覗き込む愁実に目を奪われていた。  すらすらと説明している愁実に、泊里が視界の端で頷く。 「……なるほど。頭いいな。お前、苦手科目とかなかそうだよなぁ~」  尊敬の眼差しを向け、羨ましげに言葉を紡ぐ泊里。 「いや。オレ、暗記とか苦手だから、歴史とか苦手だよ」  謙遜しつつ、苦笑いを浮かべる愁実。  ふと、閃いた。 「泊里。お前、安く借りられる部屋、用意できるか?」  泊里は、この辺の地域に手広く展開している不動産屋の息子だ。 「ん? 広さ、どんくらい?」  首を傾げる泊里に、俺は言葉を足す。 「そんなに広くなくて、いいんだ。受験まで、勉強会やらないか? 先生は、ここにいるし」  俺の隣に立っている愁実の腕を掴んだ。  夏休み中の図書館では、愁実と共に課題を解いた。  俺が(つまず)くような難問も、愁実はさらりと解いていた。  どうしてそういう解答になるのかと問う俺に、愁実は細かく理論立てて伝えてくる。  愁実との勉強で、確実に俺の学力は上がった。 「は? なに言ってんの?」  慌てたように俺の手から逃れようとする愁実。  俺はその腕を逃がさずに、泊里に向け声を放つ。 「学校じゃ時間も限られるし、土日は使えない。家だと使用人が世話を焼きたがってうるさいだろ。そういう場所があれば、俺たちだけで気兼ねなく勉強できる」  尤もらしい理由を並べる俺。  泊里は、考えを巡らせるように視線を宙へと飛ばす。 「駅から離れるけど、家具家電付きの安いアパートなら頼んだら借りれるかも。親父の弟がオーナーだから、勉強部屋にしたいって言ったら貸してくれると思うよ」  にっと笑って見せる泊里に、俺も笑む。 「よし。そこ、借りられるように交渉して。家賃とか光熱費とかは俺持ちで良いから」 「了解。…てか、他の奴らも呼んでい?」  俺と泊里の間で進んでいく話に、逃げるコトを諦めた愁実へと瞳を向けた。 「ぁあ。俺は構わないよ。愁実も、いいよな?」  有無を言わさぬ俺の問いに、愁実は渋々頷きながらも、口を開く。 「勉強を教えるのはいいけど、オレ、毎日は行けねぇよ?」 「ぁあ、構わない。お前が来れそうな日だけでいい。ダメな日は俺が解るとこだけ教えとくから」  こうして俺は、愁実と心置きなく会える空間を手に入れた。

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