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第37話 タイムリミット

 9月末。  郭遥は、当主に連れられスズシロ主催の懇親会に参加している。  勉強会が開かれない日に、父親の取り立てに来る金融屋から逃げるため、愁実が例の部屋を利用しているコトを押さえた俺は、そこへと赴いた。  玄関口で清白家の使用人であるコトを伝えた俺に、愁実は想定の範囲内だというように、すんなりと部屋へと通した。  丸テーブルの上には、教科書やノート、文房具が散見される。  真面目に、勉強をしていたらしい。  空いているスペースに座り、スーツの内ポケットから銀行名の入った封筒を取り出し、愁実の前へと滑らせた。 「郭遥さまと別れていただきたい」  単刀直入に、こちらの要望を伝えた。    銀行名が印字されており、それなりの厚みのある封筒に、〝手切れ金〞だと察した愁実は、それに手を伸ばす。  やはり、金目当てか……。  思った瞬間、封筒に触れた手が、それを突っ返してくる。 「こんな金、要らねぇ」  捨てるように言葉を吐いた愁実に、俺は顔を曇らせる。 「この額では、ご不満ですか?」  眉を潜め問う俺に、愁実は俯いたままに首を横に振るった。 「こんなの…。あいつのコト、金で売ったみてぇじゃん。俺は、そこまで落ちたくねぇ」  封筒にかかる愁実の指が、細かく震えていた。 「では、別れる気はない、…と?」  金で別れてもらえないのなら、あとは別の方法で追い込むしかなくなる。  それこそ、礼鸞に頼むしか方法はないだろう。  だが、愁実を傷つけてしまっては、比留間の手が加わっているとはいえ、俺が郭遥に恨まれてしまう。  どう別れさせようかと策を練る俺の耳に、愁実の弱々しい声が届いた。 「心配しなくても、卒業と一緒に〝さよなら〞するよ……」  ふっと息を吐き、なにかを吹っ切ったように顔を上げた愁実の真摯な瞳が俺を見据えた。 「今、別れようっていったところで、あいつは納得しない。学校に通ってたら、消えようもないし……」  一応、オレも卒業はしたいんですよ……と、愁実は苦く笑った。 「卒業まで、でいいからさ。ここでだけ。2人の時だけ。……恋人でいさせて、欲しい。……一緒に出掛けたりもしねぇから」  愁実の声が、じわじわと震えを帯びていった。  じっと俺を見詰める瞳は、勢いを失くし、情けなさに歪んでくる。 「あいつの将来、潰す気なんてねぇから。少しの間だけ、大目に見てくんね?」  必死に縋る瞳が、乞うてくる。  頼むから。ほんの少しでいいから目を瞑っていてくれ、と。  返事をしない俺に、封筒の上にある手が、とんとんっとそれを叩き、(から)のまま引いていった。 「これ、オレが、受け取ったコトにしていいよ。郭遥に、金目当てのゲス野郎だったんだって思わせたいんでしょ? それでいい……からさ」  人前では、友人のフリを突き通す。  デートという恋人としての思い出も諦める。  自分が消えたあと、金に目の眩んだゲス野郎だと思われても構わない。  だから……。 「わかりました」  俺は、目の前の封筒を再び、スーツの内ポケットへと納めた。 「卒業まで、です。それ以降、郭遥さまには近づかないと約束してください」  俺を見詰めていた愁実の瞳が、俯く顔をと共に床へと落ちた。 「オレの家に近づけさせないでくれれば会うコトもなくなるから……、約束するよ」

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