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第38話 最後の矜持 <Side 愁実

 清白の使用人が出ていった玄関を、ぼんやりと眺める。  金と郭遥を天秤にかけるつもりなど、毛頭なかった。  離れなくていいのなら、ずっとでも一緒に居たかった。  でも。  わかっていたコトだった。  郭遥とオレでは、釣り合わない。  郭遥の親にバレれば、こうして引き離されるであろうコトも、わかっていた。  郭遥との関係は、あと僅か半年。  高校の卒業と共に、郭遥の前から消えるコトは、前から決めていた。  いっそのこと、差し出された金を懐にしまうのが、正解だったのかもしれない。  貰おうが貰うまいが、別れるコトは決まっていたのだから。  金を突っ返したのは、オレの最後の矜持だ。  金のために近づいたゲス野郎…、そう認識されるのが、嫌われるためには最短の策。  オレが、そんなクズだとわかれば、郭遥も簡単に見限れる。  嫌われた方が、いい。  スズシロの力があれば、オレを探すことなど容易だろう。  ……探してなど、もらえないかもしれない。  でも、小さな芽でも潰しておきたかった。  これ以上、郭遥に迷惑はかけたくなかった。  烏の鳴く声が、遠くに聞こえた。  ぼんやりと滲む意識に、頭を振るう。  考えていたって仕方ない。  悩んだって答えなどない。  期限つきの恋であるコトを、オレは初めから知っていたじゃないか。  教科書が開きっぱなしになっている丸テーブルに向かった。  これは、単なる気晴らしだ。  進学するための勉強なんかじゃない。  郭遥は、オレも同じ大学に進むものだと信じている。  でも、このオレが大学に行けるはずなど、ない。  いくら奨学金制度を利用したところで、それは返さなくてはいけない金だから。  父親を宛に出来ないオレは、自力で何とかしなくてはいけない。  大学に進んだところで、やりたいものがあるわけじゃない。  ならば、早く社会に出て、金を返すしかない。  ぽたりーー。  頬を伝い、1粒の雫がノートを濡らした。  泣いたって、どうにもならない。  わかっているのに、溢れ始めた涙は、ぽつりぽつりとノートを濡らした。  水性のインクが、じわりと滲む。  文字を掠れさせるその涙が、消せない感情を少しだけ(すす)いでくれる気がした。  高校を卒業したオレは、郭遥の前から姿を消した。

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