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第40話 選択肢は、ただひとつ

 近江は、俺の手を払うコトもなく淡々と声を放つ。 「勝手だと言われようと、私はスズシロのために動くだけです。彼もあの額で、文句はなかったようですし」  そこに俺の意思は関係ないと言うように、近江の冷たい瞳がこちらを一瞥する。  〝どうせ金目当てだろう〞という、父の言葉が蘇る。  ……愁実が〝俺を好きだ〞と言ったのは、金の為?  スズシロの金が目当てで、俺に近づいた、…と?  〝ごめんな。オレ、お前が好きなんだ〞  困ったように眉尻を下げ、赤い頬にはにかみの笑みを乗せ、白状した愁実の姿が鮮明に蘇った。  あの告白が、偽りだったなどと、俺には思えない。  ……思いたくも、ない。 「嘘だ。…違う」  俺は頭を振るい、近江に鋭い瞳を向ける。 「捜せ。スズシロの…、比留間の力があれば、簡単に見つけられるだろ」  比留間との癒着は、公然の秘密。  この近江も、元は比留間の人間だ。  人、1人くらい、比留間の力があれば簡単に捜し当てられる。 「口頭だとしても約束をした以上、スズシロも比留間も、今後一切、彼に関するコトで動くつもりはありませんよ」  〝動くつもりがない〞という言葉は、俺がどんなに喚こうが、スズシロも比留間も、愁実の捜索には手を貸さないという断言だ。  断られてしまった以上、近江を通さずに比留間の力を借りようとしたところで、握り潰されるのが関の山だ。 「お前になんの権限があるんだよっ。一介の使用人のクセしやがってっ。比留間のお荷物がっ。役に立たなくてスズシロ(うち)に押しつけられたクセにっ」  苛立ちのままに、近江を罵っていた。  ……でも俺は、こいつ以下で。  このもやもやは、なにも出来ない自分に対する怒り以外の何ものでも、ない。 「貴方に貶されようと、卑下されようと、俺はスズシロのブランドを守るためなら、なんだってしますよ……」  こんな年端もいかない子供(ガキ)に罵られるのは、たとえそれが事実だとしても、本意ではないだろう。  だが、近江にとって、優先すべきは〝スズシロ〞の格であり、俺の言葉ごときで自尊心が傷つくコトなどありえない。  俺には、金も地位もない。  なんの力もないのだと、痛感した。  ただ、親の…家柄の恩恵に(あずか)っているだけの子供(ガキ)でしかない。  俺を囲う(しがらみ)からは、そう簡単には抜け出せない。  全てを捨てて、愁実の元に()せたくとも、その術すらない。  俺に残された選択肢は、愁実への想いに蓋をするというものだけだった。

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