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第42話 掴みどころのない男
大学に進学し、数日も経たない頃。
「こんにちは」
構内を歩く俺に、軽薄そうな男が声を掛けてきた。
胡散臭い笑みを顔に貼りつけたその男は、歩みを止めない俺の隣を同じ速度でついてくる。
「俺、三崎 恒久 っていうんだけど。…少し話をしませんか?」
横から顔を覗かせ、にこにこと俺を見やる。
濃いグレーのスラックスに、大学の構内でも浮かないように配慮したつもりであろう白のパーカー。
その上に羽織ったベージュのトレンチコートは、パーカーで崩れた着こなしを、綺麗な雰囲気にまとめあげる。
風に煽られ、さらさらと流れる明るい茶色の髪。
瞬く瞳の上で、長い睫が揺れていた。
細い身体のラインと、どちらかと言えば女顔の三崎は、〝カッコいい〞よりも〝色っぽい〞という言葉が似合っていた。
三崎の色気に惹かれ、思わず足を止めてしまう。
「なに?」
警戒心は消さず、素っ気ない声を返す俺に三崎は、きょろきょろと周りに視線を配る。
「ここじゃ、ちょっと……」
困り顔の笑みを見せる三崎に、相手をするのが面倒になる。
どうせスズシロの名に惹かれ、おこぼれに与ろうと寄ってきた低俗な輩だ。
わざわざ、時間を割くまでもない。
取り合うに値しないと判断した俺は、三崎から視線を外し、一歩を踏み出した。
捨て置かれたコトに気づいた三崎が、俺の耳許へと唇を寄せる。
「君、ゲイ…、なんでしょ?」
内緒話の音量で投げられた問いかけに、俺の足が、再び止まった。
「週刊誌にでも売るつもりか?」
細めた瞳で三崎を見下ろし、にたりと余裕綽々の笑みを浮かべてやる。
こんな脅しなど、何度となく喰らってきた。
スズシロの力があれば、そんな記事を握りつぶすなど造作ない。
威圧する俺に、三崎は豪快に吹き出した。
「あはは。そんなバカなことしないよ」
一頻り笑った三崎は、目許を拭いつつ言葉を繋ぐ。
「君の家は、家柄が傷つくコトを嫌う。こんなコトで傷つくようなチープな度量じゃないけど、こんな俺に、爪を立てられるコトすら腹立たしいんだろ?」
図星だろ? というように、三崎の笑みは揺るがない。
「俺だって、潰されたくないからね。……ただ、可愛いコを紹介してあげようかなって思っただけだよ」
俺の前に歩み出た三崎は、相変わらずの作られた笑みのままに、こてんと首を傾げて見せる。
俺は、情けをかけられないと、相手すら見つけられないと思われているのか。
甘く見られたものだ。
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