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第43話 心までは渡さない

 目の前の三崎の腕を掴み、自分へと引き寄せる。  顔を数センチの距離まで近づけた。  迫る勢いに驚いた三崎は、真ん丸になった瞳をパチパチと(しばたた)く。 「俺はお前で、いいけど?」  三崎の耳許へと唇を寄せ、色香を侍らせた声を放った。  少しだけ顔を離し、にたりとした意地の悪い笑みを浮かべてやる。  思案するように瞳を游がせた三崎の視線が、俺へと戻った。 「俺でもいいけど……君のものには、ならないよ?」  ふと細められた瞳は、淫靡な空気を醸す。  俺のコトなど、好きにはならない。  性欲解消の手伝いはできても、心までは渡さない、と宣言された。 「お前の全部が欲しい訳じゃねぇよ」  はっと鼻で嘲笑い、首筋に柔く噛みつき、掴んでいた腕を放った。  俺は三崎の気持ちなど、求めてはいない。  ストレスも性欲も、全てまとめて吐き出し、目の前の男にぶつけてやろうと思っただけだ。 「身体だけの割り切った関係ってヤツ? まぁ、俺で満足できるならどうぞ」  笑みを浮かべた三崎は、両手を広げ、惜しげもなく自分の身を捧げてくる。 「じゃ、今からその身体、捧げてもらおうか」  首筋から喉、顎へと滑らせた指先で、顎先を擽る俺。  まるで猫を愛でるかのように構いながらも、俺の言葉に甘さはない。  俺の相反する仕草と言葉に、三崎はくすくすと笑った。 「いいよ。でも場所は、俺に決めさせてね」  いいでしょ? と、俺の指先に顎を乗せたままに、三崎は小さく首を傾げる。  スズシロに〝潰されたくない〞という以上、何かを仕掛けてくる可能性は低いと見積もる。 「ぁあ。かまわない」  擽っていた指先を離し、ポケットへと突っ込んだ。  どこに向かうのかと視線だけで催促してやる。 「じゃ1時間後、ここに来てくれる?」  人差し指と中指の間に一枚の名刺を挟み、差し出してきた。  その名刺には、大きな楕円の葉に小さな黄色い花が描かれ、店名であろう〝恒春葛〞という文字が(しな)やかな書体で書かれていた。 「コウシュンカズラって読むんだ。蔓科の植物の名前でね……」  店名の読み方やそれが何なのかを説明する三崎に、俺は顔を曇らせる。  俺の不服げな表情に、気持ちを読み取った三崎が言葉を繋ぐ。 「抱かれる身としてはそれなりに準備が必要だからね。君も、(わずら)わされたくないでしょ?」  確かに、なんとも思っていない単なる性処理の相手に、わざわざ手間をかける義理もない。  差し出された名刺を摘み取り、三崎の横を通り過ぎる。 「そうだな。後で行く」  振り返ったであろう三崎の気配に、言葉と共に、顔の横でそれを振るった。  ふふっと小さな笑い声が、風に乗り聞こえた。

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