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第50話 〝金〞か〝自由〞

 三崎は、金や地位のために生きる俺を詰まらない人間だと否定する。 「〝金〞か〝自由〞かって選択なら、俺は迷いなく〝自由〞を選ぶね」  乾杯でもするように、かちんっとグラスを合わせてきた三崎は、柔らかな笑みを湛えた。 「俺だって選べるのなら〝自由〞を選択する。…でも、スズシロの後継者は俺しかいない。……捨てられないんだよ。少しだけ我慢すれば…、俺が我儘を言わなければ円滑に進むのなら、黙るしかないだろ」  グラスに手を添えたまま、嫌なコトから目を背けるように、瞳を閉じる。  くすくすとした三崎の笑い声が、耳に響いた。 「別に沈黙を貫けなんて言ってないよ。1か100かじゃなくてさ、少しぐらいは愚痴っても、いいんじゃない?」  目蓋を押し上げた俺の視界には、相変わらずの笑顔で首を傾げる三崎の顔が映る。 「俺の前では〝自由〞にしてて良いって話。俺は、君が〝自由〞に振る舞える癒しの場所になりたいな」  ふふっと小さく笑った三崎は、グラスを握る俺の手に指先を走らせた。  手を翻し、甲の上を滑っていた三崎の指先を握る。 「そんな場所を俺に提供したところで、お前に何の得があるんだ?」  金はあっても困らないが、寄越せとは言ってこない。  後ろ楯に至っては、あっても困ると言われてしまえば、俺には三崎に返せる物がない。  訝しげな瞳を向ける俺に、三崎は呆れたように眉尻を下げて見せる。 「人付き合いってさ、損得勘定でするものじゃなくない?」  なんでもかんでも損得で捉えるのは感心しないというように、三崎の瞳が細くなる。 「俺は、純粋に君に興味があるだけだよ。……君の抑圧された心が、解放される瞬間が見たいだけ」  掴んでいた三崎の指先が蠢き、まるで恋人同士のように指を絡めて手を握り返される。  好奇心の塊が、心から零れ落ちるのが止められなかったとでもいうように、三崎はふふっと率直に笑う。  三崎は、金や権威に関心を持たない。  世間一般が憧れを持つようなものに、頓着しなかった。  ただ、俺が(しがらみ)から抜け出した時、どんな反応をするのかが気になると、俺自身に興味を示していた。  三崎は、今まで友人として俺の傍にいた誰とも違っていた。 「手始めに、君の〝未練〞、探してあげようか?」  柔らかい笑みのままに問うてくる三崎。  三崎の言葉が示す〝未練〞は、たぶん愁実のコトだろう。 「遠慮するよ」  バーカウンターの上で握られたままの手を見やりながら、断りを入れる。  手放してしまった存在は、きっと元には戻らない。

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