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第51話 消えない想い
愁実が見つかったとしても、俺の元へ戻っては来ない気がした。
たとえ、奇跡が起きて戻ってくれたとしても、また周りの力が働き、引き離されるのが関の山だろう。
また、引き離されて、あの苦しみを味わうくらいなら……。
「愁実は、金と引き換えに俺との縁を切った」
繋がれたままの手の親指で、三崎を撫でた。
「金を手にしたあいつが幸せに暮らしてるなら、俺はそれでいい……」
スズシロからの金を受け取り、愁実が幸せに暮らしているのであれば、俺には、なんの不満もない。
「すごいね……」
ぽつりと放たれた三崎の声に、視線を向ける。
驚きの色が浮かぶ瞳まま、三崎は言葉を繋ぐ。
「金蔓として使われたのに、ムカついたりしないの? 仕返ししてやろうとか、思わない?」
きょとんとした音を滲ませながら問うてきた三崎に、愁実が消えた日の感情が、ぶり返す。
胸の真ん中に、銃弾にでも撃ち抜かれたかのような小さな穴が開く。
その穴は、じわじわと周りを侵食し、大きさを増していった。
楽しさや喜び、幸せを感じていた場所が、広がった穴と共に抜け落ちていく。
悔しくて悲しくて堪らなくなった頃、それすらも感じられない凍った感情が、心の穴を塞いだ。
「……黙って消えられたのはムカついたよ。だけど、好きなままだな。あいつが笑っていられるなら、俺はそれでいい」
愁実の笑顔を思い描けば、凍った心の端が少しだけ溶け、涙のような雫を垂らす。
ははっと自分を嗤う声が、零れていた。
「いいように使われたのに、それでも君は、彼を〝好き〞って言えるんだね……」
驚きに塗れた音で言葉を紡いだ三崎は、疲れ混じりの息を吐く。
「俺にはそんな愛し方、出来ないな」
怪訝な瞳を向ける俺の耳に、くすりと笑う三崎の声が届く。
「愛の器ってさ、人それぞれ形が違うと思っているんだ。君の持っている愛の器は、凄く深い…そのコップみたいな形なんだろうね」
ジンジャーエールの炭酸の気泡が、グラスの底から、ゆらゆらと揺らぎながら表面を目指していた。
「細くて深いから、1人の人に充分な愛を注げるのかなって」
ふふっと小さな笑い声を零した三崎は、バーカウンターの裏から小さな小皿を取り出し、カウンターへと乗せた。
小皿の中には、透明のフィルムに包まれたチョコレートが乗っていた。
「俺の器は、このお皿よりもたぶん平らなんだ。1人の人間を深く愛し続けるなんて、俺には無理。もしかしたら、君よりいろんな人を愛せるかもしれないけどね」
チョコレートをひとつ手に取った三崎は、それを俺の前へ、ことりと置く。
「俺の1人分の愛情は、あまりにも軽すぎるんだ。たぶん、鳥の羽一枚分の重さくらいしかないんだ。だから、ふって吹いたら飛んでいっちゃうんだよね」
掌を上に向け口の前に置いた三崎は、手の上に乗る幻の羽を、ふっと吹き飛ばす仕草をして見せた。
「だから、かな。未練に悩まされたコトはないんだよね。君みたいに、消えてしまった相手を想えるの…、少し、羨ましいくらいだよ」
細くなり綺麗な弧を描く三崎の瞳。
未練に、縛られたくなどない。
新しい恋が出来るなら、いっそのコト、忘れてしまいたいとさえ思う。
だけど俺は、きっと愁実を忘れられないだろうし、想いを消し去るコトも出来ないのだろうと感じた。
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