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第56話 鳥の羽1枚
天性のものであろうカリスマを纏う郭遥は、黙っていても人の意識を惹き寄せる。
その上で、話せば話すほどに、郭遥への興味が湧いた。
郭遥という人物が、何を考え、何を大切にしているのかを知りたくなった。
郭遥の口から放たれた〝愁実〞の名に、心が潰れる。
愛おしそうな色が溢れる声で紡がれた音が、俺の名では無かったから…、なんて健気な動機じゃない。
こんなにも人を想える郭遥が羨ましくて、妬ましかった。
俺の心には、そこまでの温度がない。
どうしたら、そこまで人を愛せるのか……、知りたくなる。
俺は、〝永遠〞などという言葉を、信じてはいない。
1人の人間を、一途になんて愛せない。
沸々と湧く愛情も、いつかは底を突くだろう。
気持ちなど、時間と共に風化するもので、一生涯、変わらない熱量で愛し続けてなどいけないと思っている。
だけど郭遥は、現在進行形で、それを体現していた。
自分を利用した上に、黙って姿を眩ませた相手を、それでも〝幸せであれ〞と願える男だった。
そんな強い愛情を持てるコトも、持たれるコトも、羨ましく感じてしまった。
郭遥の感情や考えが、不思議で仕方なかった。
俺の興味を惹くには、充分だった。
この感情は、恋…なのかな。
郭遥が去った後、残されたジンジャーエールのグラスに手を伸ばす。
手にしたグラスをそのままシンクへと下げた。
郭遥を、無理矢理に振り向かせようとも、手に入れたいとも、ましてや愛して欲しいとも、思ってはいない。
……こんな欲のない想い、恋なんて呼べないよな。
鳥の羽のように軽い自分の感情に、くすりとした嗤いが零れた。
恋人と引き離された郭遥の心に出来た小さな隙間。
きっと俺は、その隙間に、すっぽりと嵌まり込んだんだ。
だからといって、郭遥の全てがほしい訳じゃない。
郭遥に、全てを欲してほしい訳でもない。
愁実に捕らわれたままの心で、構わないと感じていた。
その横に寄り添えれば、こんな俺でも恋をしている気分を味わえそうだと、心の端に潤いが広がる感じがした。
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