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第58話 可愛いコを拾ったんだ
グラスを傾け、喉を潤した俺は、徐に口を開く。
「郭騎も健康そのものだし、俺は、お役御免だ」
郭騎は、生後7ヶ月を迎え、すくすくと育っていた。
俺の目下の杞憂は、郭騎のコトじゃない。
俺の横に座った三崎は、缶のままのビールをくいっと呷る。
「子供、か。……あ。俺、少し前に可愛いコ、拾ったんだよね」
バーカウンターの向こうへと投げられたままの視線とは対照的に、三崎の顔がふわりと緩んだ。
いつもの胡散臭さが若干薄れ、素の笑みが零れたように思えた。
「拾ったって、なんだよ?」
あまり素顔を見せない三崎の珍しい表情に、思わず食いついた。
「暫く親が帰って来てないみたいでさ。請求書とかが詰まった集合ポストの前で、茫然としてたから……拾った」
「は?」
ますます、わからなくなった経緯 に、俺は眉を潜める。
問いかけに、自然と漏れていた笑みを消した三崎の瞳が、俺に向く。
「俺の家、すごいボロなんだよね。隣のテレビの音とか聞こえちゃうくらい壁の薄いアパートなんだ」
拾った経緯が聞けるのだと思ったが、住んでいる家の説明が始まり、俺は首を傾げた。
「ま、昼夜逆転の生活だったから、壁が薄かろうが、アパートの住人が働きに出ている静かな時間に寝てたから、なんの問題もなかったんだけど」
不思議そうに見詰める俺を置いてけぼりに、三崎は話を続ける。
「そのアパートの隣人がさ、たぶんシングルマザーで、俺と同じような生活サイクルだったんだよ」
俺は〝拾った〞の中身を知るコトを諦め、三崎の話の続きを聴く。
「その母親がさ、子供がいるクセに、毎日は帰ってこないんだよ。で、たまに帰ってきたと思ったら、来る度に違う男を連れてて、すぐ居なくなるんだよね……」
三崎は不満げに眉根を寄せ、持っていたビールを呷る。
タンッと音を鳴らしてカウンターに缶を戻した三崎は、さらに話続けた。
「男を家に連れ込むコトをしなかったのは、褒めてあげてもいいけど、だからって子供置いてふらふら遊び歩くのは良くないでしょ」
言葉を切った三崎は、事件屋風情が、どの面 下げて言ってんだって話だけど…と、自分を嗤う。
「心配はしてたんだけど、挨拶を交わす程度だったから、なにも出来なくてね。でも、最近は母親がずっと帰ってきてなくて……支払いの通知が集合ポストに詰まってたって訳。家賃とか光熱費とかを立て替えてあげるから、仕事の手伝いしてくれる?って聞いたら、引き受けてくれたんだよね」
その時の情景を思い出したのか、三崎の顔に再び、素直な笑みが乗る。
「で、今は仕事手伝ってもらってる。……何を教えても、キラキラの瞳で見られてね。なんか新鮮だよ」
これは拾ったって言わないのかな? と、くすくすと笑う三崎の顔に、作為は感じられない。
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