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第65話 現状のままでいい
微動だにしない俺に、受け入れられたと認識した直は、瞳を伏せた顔を寄せてくる。
ばくばくとなる直の心臓の音が、聞こえてくるような気がした。
その心臓を捕まえ握るように、俺に触れようとする直の唇を手で塞ぐ。
「俺は、直には甘えられないから、無理だよ」
あっさりと、出来る限りの冷たさで言葉を紡いだ。
1ミリの期待も残さないように。
1ミリの猶予も与えないように。
中途半端な想いが、直の心に残らないように。
「直は、可愛いよ。俺にとっての直は、頼りになる恋人っていうよりは、可愛がりたくなる〝弟〞なんだよね」
近づいていた直の顔を手で退けながら、身体を起こし、ソファーに座る。
「俺は、直には甘えられないよ」
眉尻を下げて笑む俺に、直の眉も八の字に歪む。
「試しに付き合ってみてもいいけど、きっと直はイライラするんじゃないかな? もっと甘えてくれてもいいだろってさ」
直には、もっと全身で甘えてくるような可愛いコが似合うよ…と、苦く笑む俺に、直の顔は哀しげに歪んだ。
告白が失敗に終った直は、恥ずかしさから逃げるように、腰を上げた。
「風呂入る」
長めの真っ黒な髪に手を突っ込んだ直は、現実を蹴散らすように頭を掻きながら、バスルームへと姿を消した。
暫くの間、直が消えた扉から視線が外せなかった。
直の気持ちは、きっと大人への憧れだ。
長く傍に居たから、〝憧れ〞を〝恋〞だと勘違いしただけだ。
……たとえ、それが〝恋〞だとしても、それは長くは続かない。
俺への想いなど、すぐに薄れ消えていく。
博愛の俺の感情は、鳥の羽の重さしかない。
直の想いは、そんな俺とは比較にならないくらい重いもの。
シーソーは常に直に傾き、俺と居るコトに、なんの楽しさも感じられなくなるのが目に見えている。
俺はきっと、すぐに飽きられ捨てられる。
……関係が破綻し終るなら、俺は現状のままでいい。
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