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第66話 大半の事実に混ぜる嘘

 直の告白から、2年。  直と俺の関係は、なにも変わらなかった。  強いて言うなら、直の瞳から次第に俺への熱が失せていったくらいだ。  〝恒春葛〞は、月に数度だけ店を開けていた。  昔からの付き合いの人間も数人は訪れるが、顔触れは変わっている。  見慣れない男が、カウンターでハイボールのグラスを傾けていた。  客は、その男1人だった。  からりと氷の音を立て、コースターにグラスを戻した男の値踏みするような視線が俺を見やる。 「同じ……」 「スズシロの一人息子が同性愛者で、君ともそういう関係らしいね?」  同じものでいいのかと問おうとした俺の言葉が、男の声に掻き消される。  空になったグラスの氷を指先で弄びながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべる男。  余裕たっぷりな男の表情に、一瞬だけ呆気に取られた。 「ふっ、あははは……っ」  男の言葉に、吹き出し笑ってしまう。  軽快に笑い出した俺に、男は訝しげに顔を歪めた。  一頻り笑った俺は、目尻に浮かぶ涙を拭いながら口を開く。 「ごめん、ごめん。スズシロの寝首を搔こうとするなんて、怖いもの知らずだなって」  堪え切れない笑いが、喉を衝く。  俺は、くすくすとした笑いを漏らしながら、言葉を繋いだ。 「確かに俺は碌でもないよ。既婚者とも寝るし、男とも女ともヤる。貞操って何? ってくらいの尻軽だってコトも認めるよ。……でもね、郭遥とはそういう関係じゃないんだ」  困ったね? とでもいうように、残念染みた笑顔を浮かべてやった。  大半の事実に、嘘を混ぜる。  大体の人間は、それで全てが事実だと信じ込む。 「嘘はいけないね」  甘く見るなとでもいうように、男の瞳が細くなる。  男は、俺の言葉に騙されてはくれなかった。 「こっちは、裏も取れてるんだ」  したり顔を曝した男は、胸ポケットから1枚の写真を取り出した。  そこに映っていたのは、いつも郭遥が手配してくれる高級ホテルのエントランスで、俺たちが連れ立って歩く姿だった。  だが。 「こんなのが、なんの証拠になるの?」  心底、不思議に思った俺は、きょとんと声を返していた。  ただ、2人で歩いているだけだ。  手を繋いでいるわけでも、キスを交わしているわけでもない。  そんなものに、証拠能力などあるはずもない。  根拠のない自信に揺るがない男の瞳。 「この写真と、俺の肩書き。それで充分、記事にはなるさ」  言葉を紡ぎながら、男の手は内ポケットから銀色の名刺ケースを取り出す。  ぱかりと音を立て開いたケースから、1枚をカウンターへと滑らせた。  名刺に書かれているのは、ゴシップ好きの三流誌の名だ。  俺は、その名刺を摘み上げ、口を開く。 「世論はどっちを信用するかな? 嘘ばかりの記事を書く炎上記者と、あいつの傍で友人として生きてきた俺と……」  余裕の笑みのままに、首を傾げて見せる俺。  この世は、多少の嘘が混じっていようとも、世論を味方につけた方が真実となる。 「……あなたが郭遥を貶めるような記事を表に出すっていうのなら、俺は俺の出来得る対策を打ちますよ?」  なかなか引かない記者に、暗にお前を潰すと脅してやる。  こんな記者1人くらい、スズシロが出張らなくとも、俺の力でも簡単に処理できる。  すっと細める瞳に、記者の顔から余裕の色が消えた。  面白くなさげに、チッと舌を打った記者はカウンターに置かれた写真をびりびりと破り、飲み代と共にカウンターに叩きつけ、店を去った。  破られた写真の一片を手にする。  そろそろ、潮時かな。  郭遥との関係も。俺の心も……。

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