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第69話 心が持たないんだ

「君が同性愛者で、俺ともそういう関係なんだろうって…、三流誌の記者がさ」  セックスの余韻に、とろりとした瞳のまま俺を見上げる。  足腰が立たなくなった三崎を横抱きに、ベッドへと運んでいた。  そういうコトか。  三崎も、俺のスキャンダルに巻き込まれるのは御免だというコトだろう。  ことりと三崎の頭が、俺の胸許に預けられた。 「大っぴらに俺とは付き合わない方がいい。俺はどう書かれても…というか、記事にもならないだろうけど、君には君の立場があるからね」  ぽふんっと三崎の身体をベッドの上に沈めた。  首から外れた三崎の手が、俺の頬を撫で落ちる。  三崎の心配は、自分に降りかかる火の粉ではなく、俺の沽券。  自分よりも、俺を気遣う三崎に、胸がむず痒くなる。  思わず、寝転がる三崎に覆い被さるように、ベッドに乗り上げていた。 「もう無……」 「そんな記事、スズジロの力で簡単に握り潰せる」  くすくすと笑いながら俺を拒む三崎を見下ろしながら、心配は無用だと言葉を紡いだ。  俺の髪に指を差し込んだ三崎は、水を絞るように、きゅっと手を握り込んだ。  髪に含まれていた水分が絞られ、ぽたたっと数滴の雫が、三崎の顔に落ちていく。 「握り潰してもカスが残るだろ? それなら、最初から疑わせない方がいい。君は、清廉潔白じゃなきゃダメなんだよ」  頭から滑り降りた三崎の手が、俺の頬を軽く叩いた。 「そんなのは今に始まったコトじゃない」  頬を叩いた三崎の手を握る俺。  今更だと吐き捨てる俺に、三崎は困惑気味の笑みを浮かべる。  瞳を逸らし、ふうっと小さく息を吐いた三崎の視線が、再び俺を見やった。 「記事の件は、きっかけに過ぎないんだ。……もう、俺の心が持たないんだよ」  たははっと、三崎にしては珍しく情けない嗤い声を漏らした。 「2年前の話なんだけどさ、直に告白…、恋人になりたいって言われたんだ」  真上にいる俺を巻き込み、横に転がった三崎に、ベッドの上で向かい合う。 「その時は、断った。ほら、俺、ちゃんと人を愛せないから。きっと、直は飽きちゃうだろうなってさ。飽きて捨てられるくらいなら始めない方がいいでしょ?」  ふふっと笑った三崎は、言葉を繋ぐ。 「直を自分好みに育てていくのが堪らなく楽しかったんだ。…少し武骨だけど、そこがまた可愛くてさ」  擽られる心のままに、くすくすと笑っていた三崎の顔が、じわりと歪んだ。 「嫌いなわけじゃなくて。どっちかと言えば…好き、だったからさ。じわじわ直への気持ちが膨らんできて、……傍にいるのが、辛いんだ」  その機会を蹴ったのは自分なのに、馬鹿だよね…と、三崎は自分を嘲笑った。 「1回くらい、直とシてみたかったな……」  俺に向いていた身体を転がし、天井を見上げた三崎は、叶わなかった願いとして言葉を零す。 「今からでも遅くないだろ。食っちまえば?」  まだ一緒に住んでいるのなら、それは遂げられない望みではない気がした。  切なげに天井を見上げる三崎の睫が、(まばた)く度に、靭やかに揺らぐ。  目許を赤く染めた色香の溢れる視線で誑かせば、男など簡単に靡くだろう。  三崎は、欲望のままに男を喰らってきたはずだ。  何を躊躇(ためら)うコトがあるのかと、俺は三崎の背を押した。 「ダメだよ。直は、名前の通り真っ直ぐだから。俺が、ツマミ食いしていい男じゃないんだよ……」  くすくすと笑う三崎は、心の底で澱を成す天原への気持ちを、振り払おうとしているように見えた。

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