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第70話 真っ黒な検査結果
俺の目の前には、古いビルと土地の登記簿、数年前に依頼したDNAの鑑定結果であろう封書が並んでいる。
三崎との最後の情事の後。
別れ際に、それらは整然と俺の前に並べられた。
「これは俺からのプレゼント。今までお礼ってコトで……」
柔らかく笑んだ三崎に、俺は眉根を寄せた。
「お礼ってなんだよ」
目の前に置かれた土地の登記簿を手に、ぼそりと声を放った。
眉を潜める俺に三崎は、あっと小さく声を零す。
「騙したり脅したりして手に入れたものじゃないから、その辺の心配は無用だよ。俺を贔屓にしてくれてるマダムから貰ったんだ」
にこりと人好きのする笑顔を湛えた三崎は、言葉を繋ぐ。
「貰ったのはいいんだけど、なんせ建ってるビルの築年数がさ……。俺にそのビルを壊して、一から建てる程の財力は、さすがになくてね。でも、スズシロなら簡単でしょ?」
こてんと首を傾げて見せた三崎は、持ってても困るから郭遥にあげると、それらを押しつけてきた。
どうやら手に余る貢物の処分先として、俺を選んだだけらしい。
「これは、いつまでも預かってる訳にもいかないからね」
つっと前に出されたのは、鑑定所の名前の入った封書だった。
数年前に依頼したDNA鑑定の結果報告の封書は、物件や土地の権利書と一緒に、その書類の重さを誤魔化すように渡された。
あの時、生まれたばかりの遥征は、6歳になっていた。
俺も、澪蘭も、髪は黒髪のストレートなのに、遥征の髪は……茶色く柔らかい。
髪の色や毛質など、隔世遺伝という可能性もなくはない。
顔つきは、澪蘭に似ている気がしたが、まだ子供だ。
これから、変化していくコトだろう。
嫌な予感を拭えないままに開いたそれに書かれていたのは、思った通りの〝黒〞。
遥征の父親は、俺ではなく、…近江。
検査結果が俺の手の中で、くしゃりと歪んだ。
翌日、スケジュールを伝えるために俺の元を訪れた近江を捕まえる。
「やってくれたな?」
革張りのソファーに腰を据え、デスクに向かいながらも、斜線上に立つ近江へと、じとりとした瞳を向ける俺。
「そんなに俺が気に食わないか?」
嘲るような笑みを見せる俺に、近江の顔が怪訝な色を浮かべた。
当主である父親の機嫌を損ねてばかりの俺をよく思っていないコトなどお見通しだ。
ぐしゃぐしゃにひしゃげた検査結果を、近江の前へと突きつけた。
「これが、スズシロを守るための行いか?」
じろりと睨み上げる俺に、近江は眉根を寄せた。
そこに書かれているのは、〝検体A〞と〝検体C〞の父子関係か〝99.7%〞という結果だけ。
「検体Aは、遥征。検体Cは…わかるよな?」
瞳を細める俺に、近江の顔が、ぐっと歪む。
ただ、その顔が浮かべたのは、焦りよりも苛立ちの色だった。
「スズシロの次期当主の俺の妻を寝取るとはな。どこがスズシロの為なのか、説明してくれよ?」
開き直られるなら、それまでだ。
当てつけとして、妻である澪蘭に手を出したというのなら、俺は近江を処分する。
スズシロから追い出し、比留間にも口添えし、近江の社会的地位も人としての尊厳も、全て剥奪するつもりだ。
ぐっと奥歯を噛み締めるような仕草を見せた近江の瞳が、デスク上の資料から俺へと遷移する。
「医療の力で子を成せばいいと口添えをしたのは、私です」
銀フレームの眼鏡の奥、一重の瞳が意思を持ち、俺を見やる。
気持ちを落ち着けるように小さく息を吐いた近江が、事の経緯を語り始める。
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