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第74話 8年越しの真実

 なんの処罰もしないという郭遥の見解が理解不能だという俺の内心が漏れたのか、険しかった表情が一瞬にして緩んだ。 「生意気な俺を貶めたいがためにやったコトじゃないんだろ? お前は、スズシロの家を守るために動いただけ、なんだろ?」  その通りだが、俺の行いは到底、 (ゆる)されるコトじゃない。 「話を聞く限り、先に引き金を引いたのは澪蘭であり、お前じゃない。お前の立場なら、後には引けないだろうしな」  はっと、鼻であしらうように郭遥は笑い、言葉を繋ぐ。 「お前の言う通りだ。俺は、郭騎が出来てから、…いや、それ以前から、あいつに関心がない。……俺は、どうしたって、あいつを愛せないし、抱けないんだよ」  投げ捨てるように紡がれた声は、郭遥自身を嘲笑う。  小さく首を振るった郭遥の瞳が、再び俺を捉えた。 「今まで通りで構わない。遥征も、そのまま俺の子として育ててやる。お前は、…澪蘭を支えてやってくれ」  すくりと立ち上がった郭遥は、俺の背をぽんっと叩いた。 「でも、2度目はないぞ…?」  子供を作るようなヘマはするなと、鋭く睨まれ、釘を刺される。 「勿論、です」  ぐっと噛み締めた奥歯が、ぎりりと音を立てた。  郭遥の恩情に、心に引っ掛かり続けていた罪悪感が贖罪を求める。 「愁実さんは、お金を受け取ってはいません…」  〝愁実〞の名に、郭遥の瞳が驚きで大きく開いた。 『金に目の眩んだゲス野郎だと認識されるように仕向けてもらってかわない』と言った愁実の言葉に甘えた。  だが、せめて嘘は吐かないようにと、愁実がお金を受け取ったとは明言しなかった。  愁実の本心は伝えず、事実を誤認させる言い回しで、郭遥の気持ちをへし折った。 「貴方を売りたくないと、自ら身を引いてくれました。貴方の人生を壊すつもりはない……、と」  俺の告白に、郭遥は息を飲む。  8年越しの真実に、郭遥は肝を潰す。  消えた直後ならば、形振(なりふ)り構わずに愁実を捜すコトも出来たかもしれない。  だが、過去に戻る術などなく、今更ながらに暴露された真実は、郭遥を傷つける。 「……捜します。私が見つけ、連れ戻します」  引き裂いた張本人である俺が、つけなくてはいけない落とし前のような気がした。  止まっていた呼吸を再開させた郭遥は、ははっと感情のない音で笑った。 「いや。その必要はない。……捜さなくていい…」  断りの言葉に、もう遅いのだと悟る。  深い溜め息を吐いた郭遥は、寂しそうな瞳を俺へと向けた。 「お前は、あの頃からずっと俺を裏切り続けてたんだな……」  仕方のないコトだと諦めるかのように、哀しげな音で紡がれた言葉は、俺を(さいな)んだ。  ………裏切り、以外のなにものでもない。  愁実との仲を引き裂いたコトも。  澪蘭を抱いたコトも。  俺の子を、育てさせている…コトも。  スズシロというブランドを守っているつもりだった、烏滸がましく傲慢な自分。  そんな自分に、辟易した。 「俺の行いは、郭遥さまという1人の人間を裏切り続けていたコトに他ならない。そんな俺を咎めないなど……、郭遥さまは甘すぎる」  叱るような音を含ませる俺に、哀れみの混じる表情を浮かべた郭遥は、細めた瞳でこちらを見やる。 「甘すぎる郭遥さまには、俺のような非道な監視役が、必要なのかもしれませんね。……2度と誰かに(おとし)められたり、騙されたりしないように」  俺の言葉に、郭遥は片方の口角を吊り上げた。 「そうだな」  ………俺は、2度と郭遥を裏切らないと心に決めた。

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