近江と話をしてから、数日後。 　俺は、職場のデスクに座り、三崎から譲られた建物の見取り図を眺めていた。 「スズシロ絡みのものじゃ、ありませんよね？」 　最近の近江は、使用人のまとめ役を古原に任せ、秘書業務に専念していた。 「ぁあ。友人からな、押しつけられたんだ。余しておくのも勿体ないし、どう使おうかと……」 　するりと近寄り、背後から覗き込んできた近江は、ほうっと感嘆の息を漏らした。 「これ、築は古いですが、なかなかの物ですよ……。この地下を上手く隠せれば、秘密倶楽部とか始められそうですね」 　見取り図上の地下の辺りを指差し、冗談めかしに呟かれる。 「秘密倶楽部…、か。いいかもな。……〝完全会員制のゲイ風俗〞、…とかな？」 　ははっと軽く笑ってやる。 　そんな秘密倶楽部は、親父への当てつけでしかない。 　現実味を帯びるなどと考えもせずに、案に乗った俺。 　近江は、さらに斜め上の反応を示した。 「需要はあると思われますよ」 　言葉として明言はしないものの、〝手筈を整えますか？〞と、アイコンタクトを図ってくる。 　手掛けるのならば、父親には内密に事を進める他ない。 　あの同性への想いに１ミリの理解も示さない父親が、許すはずなどない。 　あと４年もすれば、俺も３０歳だ。 　その頃になれば、父親はスズシログループのトップから退き、俺が根幹を担うようになる。 　……そこまで隠しておければ良い。 　近江なら、父親の目を易々と掻い潜り、事を成せるだろう。 　嫌がらせの冗談が現実味を帯び、目の前にぶら下がる。 　思わず、口許がにやりと歪んだ。 　近江の忠誠が、父親から俺に乗り替わり、２年の月日が流れた。 　近江の息がかかった建築家を雇い、父親にも、勿論繋がりの深い比留間にも秘密倶楽部の件は、内密に事を進める。 　地上階に関しては、スズシログループ傘下の企業を配置し、隠れ蓑として役立ってもらうコトにした。 　１階には会員制のバーを構え、秘密倶楽部への客の入店は、そこを経由する。 　父親の目を盗み進める事柄は、なかなかに骨が折れたか、じわじわと進み続ける完全会員制のゲイ風俗の設立の計画が、形になってきていた。 　今の１番の問題は、管理者とキャスト……要は、人員だ。 　事件屋から足を洗った三崎は、バーやパブ、キャバクラの経営の他に、メディア業界にも手を出し始めていた。 　内容は、普通のセクシー系からゲイビデオまで多岐にわたる。 　メディアに出ている人員を紹介してもらうのは造作ないが、そこまで三崎に頼るのもどうかと二の足を踏む。 　勿論、比留間に頼めば、使えそうな人材を紹介してもらえるだろうが、父親との繋がりが強固な分、情報をリークされ、開店前に潰されてしまいかねない。 　逆をいえば、軌道に乗り始めれば、顧客となった資産家達の目がある以上、父親でも秘密倶楽部を簡単には潰せなくなる。 　そうなれば、比留間が運営を担っているスズシロ傘下の金融会社、〝クラルテファイナンス〞から、返済に困っている人間を引っ張ってくるコトも可能だ。 　三崎の手も、比留間の手も借りずに揃えたいオープニングスタッフを探すため、キャスト探しに精を出していた。