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第77話 こそこそしているのは、お前だろ

 昼の仕事に加え、夜は家の書斎に籠り、秘密倶楽部の準備を励む日々。  寝不足気味の身体が、じんわりとした重さに包まれる。  煮詰まって嫌気が差しては、元も子もない。  先日届いた内装のイメージ図を片手に、気分転換がてらにコーヒーでも飲むかと、キッチンへと足を向けた。  ダイニングに座り、ワインを呷っていた澪蘭と鉢合わせた。  同じ屋根の下で暮らしているにも関わらず、澪蘭と顔を会わせるのは、週に1、2度あるかないかだった。  お互いに会話などする気もなく、悪い意味での空気と化していた。  ちらりと流された視線に、俺を視認した澪蘭。  いつものごとく、擦れ違うように寝室へと消えるのだろうと思ったが、澪蘭の腰は上がらない。  俺は、澪蘭の存在を無視したままに、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。  対角線に腰を下ろし、コーヒーが入るまでの間、手にしているイメージ図を眺めて、やり過ごそうとした。 「ずっと、こそこそ何かしてるわよね?」  じっとりとした澪蘭の瞳が、俺を()めてきた。  〝こそこそしているのはお前の方だろう〞という喉許まで出かかった言葉を飲み込んだ。  俺に、関心などないクセに……。  澪蘭が気にかかっているのは、俺じゃなく近江だ。  秘密倶楽部関連で、忙しく動いている近江は、俺抜きで、この家を訪れる回数が格段に減っていた。  さすがの澪蘭も、俺と共に来たときは、近江に手出しするコトはなかった。  近江に、今まで通り澪蘭を支えてやってくれと頼んだのは、俺自身。  遥征も、実際は近江の子だが、俺の子として育てている。  澪蘭は、俺が事実を知っているなど、露ほども思っていないだろう。  バレていないと踏んでいる澪蘭は、俺に隠れ、近江との愛を深めているつもりなのだ。  俺以上に、こそこそと。  初めから破綻していた俺たちの関係上、澪蘭の行いは、浮気にすら当たらない。  嫉妬も執着もなく、苛立たしくすら思わない。  変な輩に捕まるくらいなら、近江に熱を上げていてもらった方が、よほど良いとさえ思う。 「仕事だ。お前には、関係ない」  一瞥すらくれずに、声を返した。  下手に刺激し、言い争うのも面倒だった。 「お義父様に、聞いてみようかしら?」  わざとらしい声色で、俺に聞こえよがしに呟かれた独り言に、眉根を寄せる。  不機嫌極まりない俺の表情に澪蘭は、酔いの回った赤い頬のまま、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 「仕事だなんて言ってるけど、嘘でしょ? 家に仕事を持ち帰るなんて、…あなたがそんな要領の悪い人間じゃないコトくらい知ってるのよ?」  近江に構ってもらえないからと、俺に絡む澪蘭に、腹の底がじわりと煮える。 「近江まで使役して、家でこそこそとやってるってコトは、お義父様には知られたくないコトなんでしょ?」  尻尾を握ってやったというように、優越の溢れる笑みを浮かべる澪蘭に、理性の糸がぷつぷつと細かく裂けていく。

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