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第78話 存在しない権利

 ぎすぎすとした空気の中で探り合う腹に、最後の1本が、ぷつりと切れる。 「俺が何も知らないとでも思っているのか?」  澪蘭をも上回る憎たらしい微笑みを浮かべる俺。  酔いに紅く染まった頬が、ぴくりと引き攣った。 「なんの話よ? あなたの仕事の話でしょ。周りの迷惑も少しは考えたら?」  ふんっと鼻を鳴らした澪蘭は、グラスに残っていたワインを、くいっと呷る。 「周りの迷惑、か。この件で忙しく動いてもらってるのは、近江くらいだ。お前は、近江に構ってもらえなくて苛ついてるんだろ?」  瞳を細くする俺に、澪蘭はふいっと顔を背けた。  俺は手にしていた秘密倶楽部の内装イメージをテーブルの上に広げる。  ファッションショーのステージさながらなイメージ図に瞳を落とした澪蘭は、眉根を寄せた。 「秘密倶楽部、〝完全会員制のゲイ風俗〞をやるんだよ。親父には、理解できないだろうな」  だから、内密に動いているのだと手の内を曝す俺に、澪蘭の顔が嫌悪に歪む。 「気持ち悪いっ。私にも理解なんて出来ないわ。……こんな店、流行るわけないじゃないっ」  無駄にも程があるとでも言いたげな澪蘭は、テーブルの上に広げられたイメージ図をぐしゃりと握り、俺へと押し戻す。 「こんな1銭にもならないようなコトにお金を()ぎ込むなんて馬鹿げてる」  今からでも白紙に戻すべきね…と、澪蘭は呆れ極まりなく吐き捨てる。  ふっと短く息を吐き、煮え立つ感情を沈めた俺は、ひしゃげられた紙を軽く伸ばしつつ、口を開いた。 「お前には俺を止める権利も、咎める権利もない」  低く冷たく放った声に、歪んだ澪蘭の顔が不審げに俺を探る。 「遥征は、俺の子じゃない」  じろりと睨み上げた俺の瞳に、澪蘭は息を飲み、声を詰まらせた。 「お前が俺に隠れて好き勝手をした結果だろ? そんなお前に、俺のやるコトに口を挟む権利なんてない」  はっとしたように空気を吸い込んだ澪蘭は、上擦る声で反論する。 「ちが…っ。あの子は、郭騎を授かった時に保存しておいた受精卵だって言ったじゃない……っ」  動揺に游ぐ瞳が、その言葉が嘘だと物語っていた。 「嘘を吐くな。あの時の精液は、人工受精に使ったんだろ? 残っているはずなんてない」  健康で若い肉体の澪蘭が、初めから体外受精を選択するなど考えにくかった。  ただ俺とそういう行為をしていないから、子供が出来なかっただけのコトだ。  わざわざ初めから、身体に負荷のかかる選択肢を選ぶはずなどない。  それでも、何かを言い返そうと足掻き、頭を働かせようと躍起になっている澪蘭に、俺は切り札を切る。 「……こっちには、〝証拠〞があるんだよ。近江と遥征のDNAの鑑定書がな」  ぐうの音も出まいと鋭く見やる俺に、澪蘭は唇を噛み締め、瞳を逃がす。

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