79 / 115
第79話 密やかなる相殺
「バレちゃったのね……。離婚でも何でも、応じてあげる」
ふっと息を逃がした澪蘭は、開き直り小さく笑う。
もう近江への想いを隠す必要もなく、俺から逃げられると…、この息苦しい生活から抜け出せるのだと、口角を上げた。
肩の荷を下ろそうとする澪蘭に、俺は首根っこを掴み引き戻す。
「別れるつもりはない」
その一言に、澪蘭の顔が、ぐしゃりと歪んだ。
スズシロの名につく傷を、父は許さない。
使用人に寝取られたなど、知られる訳にはいかない。
離婚など、出来るはずもない。
それに。
「スズシロ からの資金援助がなくなれば神楽家 は、潰れるだろうな。金が欲しくて嫁いできたんだろ?」
離婚などとなれば、多額の慰謝料が請求されるコトだろう。
その上、スズシロに泥を塗った神楽の家は、確実に父の手により潰される。
「嫁いできたのは、金の為。それならそれでいい。こっちも、医薬業界へのパイプが欲しかっただけだからな。浮気のひとつやふたつ目を瞑ってやる」
心の広い俺は寛大に許すのだと偽り、暴かれていない自分の不貞を、澪蘭のものと密やかに相殺する。
「だがな、俺の血を継いでない子供を養わせるのは違うだろ」
女を抱けない自分が悪いのか。
その代償が、血の繋がらない子供を育てるコトなのか。
そんな馬鹿な話が罷り通ってたまるかと、俺は澪蘭に詰め寄った。
じとりとした視線を向ける俺に、澪蘭は居心地が悪そうに瞳を背けた。
納得のいく答えなど得られるはずもない。
澪蘭は、俺が引け目を感じているコトなど知らないのだから。
黙ったままの澪蘭に、俺は話を進める。
「遥征のコトは目を瞑る。今まで通り、俺の子として育てる」
使用人に寝取られたなどと知れれば、父は近江をも処分するだろう。
それに、遥征が自分の孫ではないとわかれば、小さな子供だとしても、なんの感情もなく消しにかからないとも限らない。
実際には俺の血を継いでいないとしても、8年も自分の子供として一緒に暮らしていた。
消されるコトに目を瞑れるほど、俺は非情じゃない。
「……この事は、親父の耳には絶対に入れるな。次は、ないからな」
何も言えなくなった澪蘭をおいて、俺は書斎へと戻った。
ともだちにシェアしよう!