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第79話 密やかなる相殺

「バレちゃったのね……。離婚でも何でも、応じてあげる」  ふっと息を逃がした澪蘭は、開き直り小さく笑う。  もう近江への想いを隠す必要もなく、俺から逃げられると…、この息苦しい生活から抜け出せるのだと、口角を上げた。  肩の荷を下ろそうとする澪蘭に、俺は首根っこを掴み引き戻す。 「別れるつもりはない」  その一言に、澪蘭の顔が、ぐしゃりと歪んだ。  スズシロの名につく傷を、父は許さない。  使用人に寝取られたなど、知られる訳にはいかない。  離婚など、出来るはずもない。  それに。 「スズシロ(うち)からの資金援助がなくなれば神楽家(お前のところ)は、潰れるだろうな。金が欲しくて嫁いできたんだろ?」  離婚などとなれば、多額の慰謝料が請求されるコトだろう。  その上、スズシロに泥を塗った神楽の家は、確実に父の手により潰される。 「嫁いできたのは、金の為。それならそれでいい。こっちも、医薬業界へのパイプが欲しかっただけだからな。浮気のひとつやふたつ目を瞑ってやる」  心の広い俺は寛大に許すのだと偽り、暴かれていない自分の不貞を、澪蘭のものと密やかに相殺する。 「だがな、俺の血を継いでない子供を養わせるのは違うだろ」  女を抱けない自分が悪いのか。  その代償が、血の繋がらない子供を育てるコトなのか。  そんな馬鹿な話が罷り通ってたまるかと、俺は澪蘭に詰め寄った。  じとりとした視線を向ける俺に、澪蘭は居心地が悪そうに瞳を背けた。  納得のいく答えなど得られるはずもない。  澪蘭は、俺が引け目を感じているコトなど知らないのだから。  黙ったままの澪蘭に、俺は話を進める。 「遥征のコトは目を瞑る。今まで通り、俺の子として育てる」  使用人に寝取られたなどと知れれば、父は近江をも処分するだろう。  それに、遥征が自分の孫ではないとわかれば、小さな子供だとしても、なんの感情もなく消しにかからないとも限らない。  実際には俺の血を継いでいないとしても、8年も自分の子供として一緒に暮らしていた。  消されるコトに目を瞑れるほど、俺は非情じゃない。 「……この事は、親父の耳には絶対に入れるな。次は、ないからな」  何も言えなくなった澪蘭をおいて、俺は書斎へと戻った。

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