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第80話 煮えくり返る腸

 胸の底に、ヘドロのように重苦しい感情が溜まっていた。  それを掻き出す方法も、浄化する(すべ)も、俺にはない。  初めから父に逆らい、結婚などしなければ良かったのだと思ったところで、過去を変えるコトなど、できやしない。  なかったコトに出来ないのなら、それを抱え続けるしか道はない。  鬱屈とする気分のままに、キャストを探すためにと、近江が仕入れてきたAVを適当にかけ流す。  再生されたのは、あまり好まないSMものだった。  ヘッドホンを通し、男の籠った悲鳴が鼓膜を揺する。  両腕を天井から垂れる鎖に拘束され、爪先がぎりぎり床に触れる高さに吊るされている全裸の男。  撓った鞭が、男の胸や腿に打ち落とされる。  甲高く鳴る鞭の打音は、まるで俺の心がそうされているかのようで、ずきりとした痛みが胸に広がった。  こんなもので興奮できるものなのかと、冷めた感情のまま画面を見やっていた。  すっと寄ったカメラが、鞭の痕がくっきりと残る胸許を映し、顔へと遷移していく。 「……っ!」  涙と鼻水、口に嵌められたキャグボールの隙間から垂れた涎、…ぐちゃぐちゃに汚れた顔だが、俺にはわかってしまった。  今、目の前に映し出されている人物が、…このSM映像の主役が、愁実だというコトが。 「うそ…だろ……?」  思わず、片手で口を覆い、そこから吐き出してしまいそうな魂を押し留める。  見間違いではないのかと、画面に喰らいつく。  どんなに目を凝らしたところで、その人物が知らない他人になるコトはなく、目の前で、いたぶられる愁実の姿を眺めるコトしか出来なかった。  愁実の顔は、どう見ても気持ち良さそうだとは思えない。  望んでしているというのであれば、もっと恍惚とした色を見せるはずだ。  幸せに暮らしているのであればと、三崎や近江からの申し出を断り、捜さなかった。  手切れのための金を受け取っていないとしても、普通に暮らしているものと思っていた。  こんな作品に出演しているのは、どう考えも愁実の意思じゃない。  愁実は、虐げられるコトに興奮するような人間じゃない。  こんな扱いを受けていると知っていれば、もっと早く手を差し伸べたのに。  今の俺ならば、救い上げるコトだって容易だ。  俺以外の人間が、愁実の身体に(きず)を残すその行為も、腹立たしくて仕方がなかった。  近江が仕入れてきた映像だが、比留間が絡んでいるメディアではなく、捜し出すのならこの業界に関わっている三崎の方が明るいと、咄嗟に判断する。  煮えくり返る(はらわた)に突き動かされるように、三崎に電話をかけていた。

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