81 / 115

第81話 貴方が居るべき場所に <Side 愁実

 190センチ近い大柄の男が、オレの目の前に立っている。  がばりと胸許の開いた濃紺のシャツ。  右の胸を彩っているのであろう刺青の欠片が、その隙間から覗いていた。 「帰りますよ。貴方が居るべき場所に」  すっと、男の手がオレへと差し出される。  オレは、その手を取るコトを躊躇い、訝しむ。  高校の卒業式直前、オレは郭遥の前から姿を消した。  卒業後、小さな印刷所に就職し、地道に働いた。  父のアルコールへの執着は、年々酷くなっていき、仕事などする気もなく、金がないとわかっているクセに、酒を買ってくる。  新人社員の薄給は、酒代と借金返済に消えていく。  貸してくれる闇金から摘まめるだけ摘まんだ父が、とうとう家に帰ってこなくなったのは、オレが社会に出て3年が過ぎた頃だった。  父から取れないのであれば、その息子のオレからと、職場にまで乗り込んできた取り立て屋に頭を抱えた社長が、オレに自主退職を促してきた。  オレには、職場を去るという選択肢しか残されてはいなかった。  最後の仕事を終え、職場から追い出されるように、帰路に着く。 「どうすりゃいいんだよ……」  家までの道のりにある公園のベンチに座り、空を仰いだ。  父の酒代と返済に給料の大半を食われ、貯蓄になど回せていない。  今日の分までの給与と退職金は、後日、入金される予定だが、それも金融屋に持っていかれてしまうだろう。 「あの時の手切れ金、貰っとくんだったかな……」  ぽつりと呟き、自分を嗤った。  たぶん、あの金を懐にしまっていたとしても、オレは手をつけられない。  それを使ってしまえば、キラキラとした幸せな想い出が、どす黒く塗り潰され、郭遥へのオレの想いまでもが紛い物になってしまう気がした。  ざすざすと砂を蹴散らすような音を立てながら、気怠げな1人の男が近づいてきた。  男は何も言わず、オレの横に、どかりと座る。 「まだ、金ないよ」  入金されていない微々たる退職金が目当てなのだろうと、視線すら向けず、声だけを男に投げた。 「仕事、辞めたんでしょ? ガラ押さえろって、言われてるんだよね」  隣の男も、こちらを見ようともせず、胸ポケットから出したタバコを咥え、火をつける。

ともだちにシェアしよう!