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第82話 据えるしかない腹

 隣に座ったのは、黒藤(くろふじ) 敬士(たかし)。  毛先だけに残る金髪、常に気怠そうな顔。  唯一、楽しそうな色を見せるのは、人をいたぶっている時という碌でもない男だ。  四方八方から金を摘まんで消えた父。  複数に及ぶ債権を黒藤が籍を置く金融屋が、まとめて買い取ったらしかった。  組織では下っ端の黒藤が、お目付け役として、オレに張りついていた。  内臓、売るしかねぇのかな……。  腹を擦るオレに、ちらりと視線を向けた黒藤が、ははっと空笑う。 「内臓売って、金払おうとか思ってんの?」 「だって。それくらいしか、ねぇだろ」  諦め半分に呟くオレに、黒藤はにたりと笑む。 「あんた綺麗な顔してるし、他で稼げばいんじゃね? 臓器なんて売ったら、それで終わりだろ。…M男でAVにでも出れば、それなりに金んなるんじゃね?」  オレの(つて)、紹介してやるよ…と、立ち上がった黒藤は、吸いかけのタバコを地面へと落とし、足先で踏み消した。 「無理。オレ、女とは絡めねぇから」  どうしても拒否反応が出る。  女に触られると考えただけで、腹の中でぐるぐるとした気持ち悪さが蠢いた。  ベンチに座ったまま、情けなく上目遣いに黒藤を見やるオレに、不思議そうな視線が落ちてくる。 「…身体を売るコトに、抵抗はねぇのな」  腹、据わってんな…と、乾いた笑いが続いた。  オレは、鼻であしらうように息を吐く。 「逃げさせてくんねぇじゃん。捕まってボコられて、…痛い思いするだけだろ。逃げんのも疲れるんだよ。逃げるだけ無駄だって知ってんの。……そんなら、腹を括るしかねぇだろ」  なるほどとでもいうように、小さく首を縦に振るった黒藤は、オレに手を差し出す。 「じゃあ、そっち方面に出りゃいいじゃん。お前なら、〝M男〞より〝男の娘〞の方が金になるんじゃね?」  面倒臭さをその場に捨て去るように、はあっと溜め息を漏らし、腰を上げた。  黒藤は、女を抱き込むような仕草でオレの腰に腕を回し、悠然と歩き始める。  捕まえておかなくても、逃げる気なんてさらさらねぇんだけどな……。  抱かれる腰に居心地の悪さを感じながらも、振り払うのも面倒で、導かれるままに黒藤の隣を歩いた。

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