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第83話 投げ遣りの感謝

 黒藤に紹介された映像の仕事は、所謂、ゲイビデオだ。  最初の頃は、女装姿で嬲られるものが大半だった。  オレが出演するのは、女性向けの恋愛要素を含んだ甘やかなものではなく、快楽漬けにされ、メス堕ちさせられるようなものばかり。  次第に、女装するコトもなくなり、プレイはエスカレートしていった。  撮影が終わった部屋の一角で、身体を休めていた。  酷使された身体のあちこちが、悲鳴を上げる。  縛り痕、裂傷、火傷……じくじくとした痛みは、心までもを蝕んでいた。 「ぼろっぼろだな?」  重くなる目蓋を押し上げ、声の主に視線を向けた。  目の前に立っていたのは、何時ものごとく黒藤だった。  身体にはローションや精液、しまいには真っ赤な蝋までが、こびりついていた。  すっとしゃがみ込んだ黒藤の指先が、胸許に貼りつく蝋を引っ掻く。 「………っ」  剥がされる瞬間、乳首に(つね)られるような力がかかり、ぞわりとした感覚が腰を震わせた。  緩くなった股間は、だらりと小便とも精液ともいえない、さらりとした液体を垂れ流す。  すくりと立ち上がった黒藤は振り返り、機材を片付けているスタッフに声を張る。 「なぁ! これ、綺麗にしてくんね?」  声に反応した1人が、走り寄ってくる。 「話、してぇんだけど……」  鼻に人差し指を押しつけ、悪臭に顔を歪めて見せる黒藤に、寄ってきた男のスタッフが、溜め息混じりにオレを横抱きに(かか)え上げた。  怠さは眠気を呼び、動くのが面倒だっただけで、歩けないわけじゃない。  抱き上げられる恥ずかしさはあったが、拒絶するほどの嫌悪もなく、抗うのが面倒になり黙って身体を預けた。  オレを抱えシャワー室へと向かうスタッフの後ろをついてきた黒藤が、口を開く。 「上の応接にいるから。お茶とこいつ持ってきてね」  シャワー室と応接室の分かれ道となる階段前で足を止めた黒藤は、上階を指差した手で、落ちてしまいそうな意識にしがみついているオレの頬を、ぱしぱしと叩く。 「今日はオレと話したら、上がりね。感謝しろよ?」  綺麗にしてもらえて、仕事も早く上がれるのだから、自分に感謝しろという黒藤に、深く(まばた)き、声にならない音で投げ遣りに〝どーも〞と呟いておいた。  オレを抱えていたスタッフは、無意識に張っていた神経を弛緩させ、シャワー室へと向かう。  シャワー室にオレを下ろしたスタッフが、顔を覗き込んでくる。 「自分で出来んだろ? 俺、飲みもん買ってくるわ」  オレがまだ動けると判断した男は、シャワーのコックを捻りボディタオルを押しつけ、面倒そうに背を向け消えた。  床に座り込んだまま、こびりついた汚れを削ぎ落とし、怠い身体を引き摺り、立ち上がる。  ざっと洗い流し、シャワー室を出た。  脱衣所になっている小さな空間には、柔軟剤とは無縁のごわごわのバスローブが常備されている。  極力、肌触りが良さそうなものを選び、羽織った。  抱かれて移動するのは、あまり気分の良いものじゃない。  疲労感も多少は洗い流せたオレは、男が戻る前に、軋む身体を引き摺りながら応接室へと足を向けた。

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