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第84話 噛み合わない会話
この建物は、1階に撮影用のスタジオとシャワー室、上階に応接室と仮眠用のベッドが置かれた休憩室がある。
オレのように金のない人間は、ここの仮眠室で寝泊まりしていた。
開け放たれている応接室の扉を潜り、中へと入る。
応接室には、1人掛けの真っ黒な革張りのソファーがローテーブルを挟んで向かい合う形で置かれていた。
奥のソファーに腰掛けている黒藤が、気配に気づき瞳を上げる。
「早かったね? あいつは? 洗ってくんなかったの?」
洗うついでに、1発くらいヤってくんのかと思ってたんだけど、と当たり前のように紡ぐ黒藤。
「金にならないセックスはしねぇよ……。金くれるんなら、しゃぶってやるけど?」
細くした瞳で、黒藤の股間をちらりと見やる。
色香を醸すオレの視線に、黒藤は1ミリたりとも靡かない。
「オレ、男抱く趣味ないんだよね。女にも困ってないしね」
断られるコトを前提としたこのやり取りは、いつものコトだ。
オレは、空いているソファーに、ぼすんっと身体を預け、不満を口にする。
「こんなハードなプレイするなんて聞いてねぇんだけど……?」
手首に残る拘束の痕を黒藤に曝しながら、じとりとした瞳を向けるオレ。
言ったところで改善などされないのはわかっているが、腹の中に溜めておくのも癪だった。
不満顔で文句をつけるオレに、黒藤は他人事のような言葉を返してくる。
「世の中には変わった趣味の人間もいるもんだね。まぁ、綺麗なものを汚すっていう背徳の感覚はわからなくはないけどね」
頭から足先までを舐めるように走る黒藤の視線は、じりじりとオレの心を炙ってくる。
無意識にオレの性欲を煽る黒藤の視線に、居たたまれなくなり瞳を逸らせた。
「あんたの映像 、なかなかの評判らしいよ?」
凄いね、とわざとらしい拍手で、大袈裟にオレを褒める黒藤。
全く嬉しくない称賛に、怒るコトすら馬鹿らしくなり、オレはあからさまな溜め息を吐く。
オレの不満感を有耶無耶にするのが黒藤の狙いだ。
わかっているのに、毎度、まんまと気を削がれ誤魔化される。
「で、なに?」
話がしたいというからには、何か用事があってのコトだろうと話題を戻す。
「ぁあ。ここ潰れるんだよね」
床を指差しながら、さらりと告げられた。
仕事を失うのはもちろん、ここに住んでいるオレは、家すらなくなる。
世間話のようなテンションで話された内容に、目を瞬 いた。
驚きに、ぽかんとしているオレに、黒藤は言葉を繋ぐ。
「新しい働き口は、手配してあるから。やるコトは一緒ね。あ、家も用意してあげる。まぁ、家賃や生活費は、あんたの稼ぎから払ってもらうんだけどね」
仕事も家も用意してあげるオレ、優しいでしょ? とでも言わんばかりの笑みを見せる黒藤。
「そりゃ、どーも」
オレからの〝ありがとう〞を待っているであろう黒藤に、投げ遣り気味な礼を呟いておいた。
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