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第87話 憐れみなんてほしくない

 黒藤は、友人だと誤認してくれた。  郭遥とオレの本来の関係は、バレていない。  安堵するはずの心が、じくじくとした痛みを放つ。  乗り越えたと思った失恋が、再びオレの心を(さいな)んでくる。 「でもなんで、切っちゃったの? もったいない」  あの頃の苦い記憶に占拠されていた意識が、黒藤の声に引き戻された。 「もったいない……?」  瞬間的に、黒藤の意図が理解できず、聞き返していた。 「だってそうでしょ。繋がってりゃ、優しい坊っちゃんなら、友達に援助くらいしてくれたんじゃね? あんた、こんな所で働かなくても、なんとかなってたでしょ?」  使えるものがあったのに、なんで利用しなかったのかと、黒藤は不思議がる。  返せないとわかっている恩義を、受けるつもりなど、(はな)からなかった。  もし仮に、あの頃の郭遥がオレを本気で愛していたとしても、だ。  それは、愛じゃなく、(あわ)れみだから。  対等な立場で、いたかった訳じゃない。  スズシロの御曹司と借金塗れのオレが、同じ立場になどなれるはずもない。  だけど、…だからこそ、より惨めにはなりたくなかった。  ……簡単に、消し去れる程度の愛情。  伝えていたとしても、助けてはもらえなかったかもしれない。  初めて関係を持った時から、わかっていたコトだ。  オレは、結婚するまでの繋ぎ……ちょうどいい遊び相手。  そんな相手に、本気で惚れた自分が、バカなだけ。  滑稽な自分に、嗤いが込み上げた。  ははっと乾いた笑いを零し、黒藤に声を返した。 「そこまで、プライド捨てらんねぇよ」  本当は、オレにプライドなど存在しない。  あったのは、〝プライド〞という名の郭遥への〝想い〞だけだ。

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