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第88話 楽しげな黒藤

 黒藤が言った通り、債権者が変わっても、やるコトは一緒だった。  事務所が変わってから4年が経っていた。  インターフォンの音に鍵を開けた瞬間、扉が開かれ、そこにいた黒藤が徐に口を開いた。 「あんたの債権者、また変わったんだ。今度は、オレともバイバイ出来るよ」  良かったね? と、笑んだ黒藤は、無遠慮に部屋の中へと足を進めた。  オレの見張りがてら、黒藤の部下が部屋を訪れるコトは度々あったが、黒藤本人が来るコトは稀だった。  珍しい黒藤本人の来訪と、開口一番に放たれた言葉に、呆気に取られたオレは、その後ろ姿を見やっていた。  ずかずかと居間まで上がり込んだ黒藤は、ざっと部屋を見回す。 「取り敢えず、2、3日分の着替えとか準備してくんね? 新しい家にも色々、用意されてるらしいけど、身の回りのもんは、今使ってるヤツの方が使い勝手いいでしょ?」  目についたトートバックを手にした黒藤は、それをオレの眼前に掲げる。 「もう、オレでなんて稼げないだろ……」  渡されたバックを受け取りながら、思わず本音を零した。  30歳目前のオレは、既に落ち目だ。  日々刻まれる身体の傷や痣は、治りも遅く、消えづらくなっていた。  新しい債権者に、利益をもたらせるとは思えなかった。 「そんなコトもないよ。オレ的には、もう少し傍に置きたかったし」  くすりと笑った黒藤は、言葉を繋ぐ。 「もう少し、あんたで稼がせてもらおうと思ってたんだけど、あんまりゴネてたら事務所ごとぺしゃんこだって言われちゃったんだよね」  あははっと、脅された割には楽しそうな黒藤に、オレは首を捻った。 「やっぱりあんた、愛されてたんじゃん」  くすりと笑い声を漏らした黒藤は、洗面所へと足を向ける。 「てか、あいつ、坊っちゃんと繋がってるってコトか……。あいつと組んだら、仕事もらえっかな……」  ぼそぼそと放たれる黒藤の独り言が、耳に届く。  坊っちゃん…? 嘘だろ?  その響きに、黒藤が郭遥をそう呼んでいたコトを思い出す。  洗面所へと消えた黒藤の姿を追いかけた。

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