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第93話 もう既に壊れてる

 言えるわけなど、なかった。  オレの父が、酒に溺れて作った借金だ。  どんな屁理屈を捏ねれば、郭遥に金を払わせるコトを正当化出来るというのだろう。  郭遥に金の無心なんて、出来るわけがなかった。  オレを見詰めている瞳が閉じられる。  視界を閉じた郭遥の頭が、小さく横に振るわれた。 「頼れない、よな。助けてくれって言われても、あんな世間知らずの(ガキ)に、お前は助けられなかった……」  子供の自分は、頼れるほどの存在ではなかったのだと、郭遥は情けなく嗤う。 「お前が、頼りなかったわけじゃねぇよ」  不満だらけの声色で、ぴしゃりと否定してやった。 「恋人…、だったから? そういう関係だったなら、恥も外聞もなく、何もかも曝け出さなきゃいけなかったのか?」  オレだって、最低限のプライドくらいは持ち合わせている。  どんなに子供だったとしたって、郭遥が頼りないわけなどない。  歪んだ顔のままに吐き捨てるオレに、目蓋を持ち上げた郭遥は、地雷を踏んでしまったかと、バツが悪そうに顔を顰めた。  郭遥を責めたいわけでも、謝ってほしいわけでもない。  オレは空気を払拭するように、ふっと小さく息を吐き、話題を変える。 「金、立て替えてくれたんだろ? 払うよ……」  払いたくとも働き先がなければ、どうにもならない。  瞬間、黒藤の〝もう少し傍に置きたかった〞という言葉を思い出した。 「あの事務所に、戻してくれてないか? 前ほどは稼げないけど、時間かかっても返すよ」  良いコトを思いついたと話すオレに、郭遥の顔が、ぐにゃりとひしゃげた。 「……本気で、戻りたいのか?」  戻りたくなど、ない。  だが、オレが金を稼げるところなんて、あの場所くらいしかない。  答えないオレに、顰めっ面のままの郭遥は言葉を足す。 「お前、死にたいのか?」  どれだけ危ない場所だと思われているのだろう。  傷や痣はどうしようもなくとも、命まで取られるような場所じゃない。  低く響く声で、叱るように問い質してくる郭遥を、オレは鼻であしらう。 「大丈夫。そんな危ない場所じゃねぇよ」  はっと笑うオレに、郭遥の手が伸びてくる。  オレの心臓辺りに突き立てられた人差し指に、硬い郭遥の声が乗る。 「そうじゃなくて。ここが死ぬって言ってるんだっ」  キッと睨みつけてくる郭遥に、今更だと嗤いが零れた。 「ははっ。オレのここなんて、もう壊れてんだよ……」

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