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第95話 もうオレになど向いていない

「ここに居てくれると思っていいんだな?」  両手を捕まえたままに、問うてくる郭遥。 「お前に借金あるしな……」  重い空気を払拭するように、ははっと空笑ってやった。  はぁっと重たげな息を吐いた郭遥は、ふわりとオレの両手を放す。 「居なくならないなら、いい。もう勝手に消えるなよ」  すくりと立ち上がった郭遥は、オレの頭をぽんっと叩く。  腕時計に瞳を向けた郭遥は、ジャケットの胸許を掴み、両手で正す。 「悪いな。そろそろ仕事に戻る」 「ぁあ、うん」  周りを見回すオレに、郭遥は言葉を足す。 「ここは俺の仕事用の部屋…、書斎みたいなもんだから、好きに使ってくれて、構わない。ここに居てくれ」  有無を言わさない郭遥の声色に、オレは素直に頷いた。  郭遥が出ていった後、部屋の中を軽く歩いた。  2LDKの部屋は、仕事用というには、生活感が溢れている気がした。  2つの洋室は、片方はキングサイズのベッドが置かれた寝室、もう一方は経営や経済の本が整然と並ぶ本棚とパソコンが置かれた書斎然とした空間だった。  パソコンの脇には、同じ雑誌が数冊重ね置かれていた。  手に取り、ぺらりと捲れば、郭遥のインタビュー記事が載っていた。  掲載されている写真に、目が留まる。  これぞ理想の家庭像だと言わんばかりの、家族4人の記念写真だ。  キスをしようと顔を寄せたクセに、直前で躊躇(ためら)いを見せた郭遥の姿が脳裏を掠める。  あぁ、そういうコト…か。  あの躊躇いの原因が、この写真なのだと気がついた。  郭遥には、大切な家族がいる。  オレが姿を消していた10年で築き上げた家庭がある。  オレを救ってくれたのは、昔の恋人に、情が沸いたに過ぎないんだ。  なにを期待してんだよ。  あの頃みたいに郭遥の愛に包まれるのだと、根拠のない自信に浮かれていた自分に呆れた。  おめでたい自分の頭に、惨めな想いだけが胸を埋める。  郭遥の愛情のベクトルは、もうオレになど向いていないのに。

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