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第96話 臆した自分 <Side 郭遥
澪蘭に、遥征の実の父親の話をした後、俺は職場へのアクセスが良い場所に家を借り、週の半分をそこで過ごすようになっていた。
愁実を捜してほしいと、三崎に入れた連絡。
事件屋を引退している自分よりも、現役の方が良いだろうと紹介された天原は、鮮やかに愁実を取り戻してくれた。
再会した愁実は、一言でいえば窶れていた。
どうやったって、取り返せない愁実の10年。
もっと早く……三崎に出会ったときに、捜してもらっていれば、ここまで傷つけずに済んだのに。
愁実が幸せに暮らしているのならと、捜さなかった。
いや、違う……臆しただけ、だ。
見つけても、この手に戻らなかったらと思うと、怖かった。
拒絶される怖さに臆した自分が、悔やまれてならなかった。
今日も食材を片手に、部屋を訪れる。
何度か弁当を持って行ったが、料理は出来るから、持ってくるのなら出来合いではなく食材を買ってきてほしいと頼まれた。
「こんな頻繁に、こっち来てていいのかよ? 奥さん、心配するんじゃない?」
俺に背を向けたまま、食材を冷蔵庫にしまいつつ、声を投げてきた愁実。
ずきりとした痛みが、胸に広がる。
「関係ない」
思ったよりも冷たい声色になってしまった。
家の話など、したくなかった。
あんな紙の上だけの関係で、1ミリの愛すら存在しない空間を思い出すだけでも、心が荒む。
愁実の口から、澪蘭の話題が出てくるコトも、俺の気分を阻害する。
俺のそっけない返答にも、愁実は何事もなかったかのように会話を続けた。
「ぁあ……そっか」
腑に落ちたというように放たれた音に、俺は眉を潜める。
くるりと振り返った愁実は、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「奥さんと上手くいってないんだろ?」
だから、オレにかまうんだろ? と、愁実は俺を揶揄う。
「溜まってんなら、しゃぶってやろうか?」
まるでペニスを握っているかのように形作られた手に、にたりとしたままに舌を伸ばしてみせる愁実。
「それとも、……」
すっと細くした瞳で、寝室へと視線を飛ばす。
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